趣味のトラヴェルソのページ:竹内太郎のオリジナル楽器コレクション

アーリーギターやリュートなどと同様に、18−19世紀に製作されたオリジナル・フルートは
その吹き心地や音色、音程など多くの点で現在製作されているコピー楽器とは大きく異なり、
また当然のことながら作られる音楽も違ってきます。

私はもともとオリジナルフルートの音に惹かれて吹くようになったのですが、
あまりにも面白く楽しいので、いつの間にか所有するオリジナルの数も増えてきました。
このコーナーではそれらオリジナル・トラヴェルソを少しずつ紹介していきたいと思います。
当分は順不同、不定期更新ですが、ある程度まとまった時点でスタイル別に分けようと思っています。


ジョン・シンプソン:1キイ

私のコレクション中もっとも時代が古いものかもしれません。
シンプソンは1730年代から60年代にかけて王立取引所にて活動していた楽器製作者/楽器商です。
古い楽器だけにそれなりに損傷はありましたが、修復後は非常に良い楽器になりました。


全体のスタイルはステンズビーやカヒューザックと似ていますね。
ピッチはA−420前後、ヘンデルのピッチですね。


音色は暖かくリーディです。しなやかでありながら太い響き。

特筆すべきは、ステンズビーなどと同様に頭部管の刻印とアンブシャがずれていることで、
中部管と頭部管の刻印の位置を合わせると↓のようになります。

「18世紀にはトラヴェルソはかなり内向きに吹奏されていた」と言われ、
これはクヴァンツやドゥヴィエンヌの教本からも読み取られることですが、
そのエヴィデンスの一つと言えますね。

ゲインズバラの「ウイリアム・ウォルストン氏の肖像」にはうり二つのフルートが描かれています。
年代は1758−9年頃。まさに同時代ですね。



この絵でも、頭部管はかなり内向きに回されているのがわかります。



トーマス・カヒューザック1世:1キイ

カヒューザックは18世紀中頃から後半に活躍したロンドンの製作家。
ツゲにブラスのキイ。多少の修理跡はありますが。アンブシャその他すべてオリジナルで、
ピッチはA=415で使える素晴らしいフルートです。





トーマス・カヒューザック1世:1キイ
上と同じ製作家の総象牙の作品。
作り、状態ともに素晴らしいフルートですが、あまりにも状態が良いので短時間づつしか吹いていません・・・
ピッチは現状では上の笛よりも少し高めでA-418程度ですが、
個人的な経験ではオリジナルフルートはしばらく吹きこむとピッチが低めになる傾向があるので、
これも少し下がっていくような気がします。





プロザー:1キイ
プロザーは18世紀の後半にロンドンで活躍した製作家。
残されている作品は多くはありませんが、いずれも丁寧に製作されており名工と言えます。
かのベームが最初に吹いていたフルートもプロザーの1キイだと伝えられます。
作風は保守的で、クラシカルと言うよりもむしろバロックを向いています。
この楽器は彼の比較的初期の作品で、ピッチはA-420前後。
1751年にヘンデルが使用した音叉がA-423ですから、まあそのあたりかもしれません。
ステインされた柘植、大きな象牙のマウント、銀のキイ。
アンブシャは小さく、吹奏感は非常に快適で、
18世紀中庸のイギリスのフルートの典型と言えるでしょう。





製作者不詳(シェラー/グレンザー派)
刻印のない総象牙のフルート。スタイルからしてシェラーかグレンザー派でしょう。
換管3本付ですが、中間のものがおそらくオリジナルで他の2本は現代に作り直されたものです。
ピッチはAー415、430,444程度




ルイ・ドゥルエ:1キイ
ドゥルエはベルギー出身、ロンドンで活躍した名フルート奏者で、
自分の監修した楽器も製作させています。
象牙の8キイが良く知られていますが、なんとこれはコーカスウッドの1キイ!
銀のフィッティング、チューニングスライド付。オリジナルのケース。
ドゥルエには珍しくニコルソン的ラージホールの楽器で音程にはやや癖がありますが、
独特の音色と吹奏感には大きな魅力があります。
細部まで施された装飾もこの楽器の魅力の一つですね。





ルイ・ドゥルエ:8キイ

同じくドゥルエの8キイ、総象牙の美しい楽器です。
吹奏感は非常に良く、流石に19世紀のロンドンとパリを席巻した名演奏家の監修になる楽器だと思わせます。
頭部管にはチューニングスライドがあり、可変ピッチは415−442程度。






アスター作:1キイ
アスターは18世紀後半から19世紀にかけて活動したロンドンの名工。
この楽器は1810年代のもので、典型的なクラシカルの1キイです。
派手ではありませんが、大変吹きやすく好感の持てる楽器で、
この時代の英国の愛好家と製作家のレベルの高さを感じることが出来ます。
ピッチ:425-430




ヴァレンティン・メツラー作:4キイ
メツラーは18世紀の後半にドイツで、18世紀末からロンドンで活躍した製作家。
ニコルソン的ラージホールの楽器で音程にはやや癖がありますが、
ラージホールの長所であるハスキーな?音色、容易な高音域、豊かな音量など独特の魅力を持っている笛です。
ピッチはA=440+。
総象牙の笛なのであまり長時間は吹きませんが、吹き始めるとなかなか止められません・・・






グーディング/ダルメイン/ポッター商会:8キイ
18世紀の後半、ロンドンの名工リチャード・ポッターは、
C足部管、プラグキイ、チューニングスライドを装備した当時最新鋭のフルートを考案、製作しました。
モーツァルトがポッターの楽器に刺激を受けていくつかのフルート作品を作曲したことは良く知られています。
ポッター商会はその後発展し、1814年からはグールディング&ダルメイン社と共同に事業を行ないます。
この楽器はその時代のものですが、初代ポッターの考案したスペックはそのまま受け継がれています。
完全にオリジナルなコンデションで割れ一つない良い状態です。
ピッチはチューニングスライドにより可変で、最大限A=415−440。
アンブシェアは小さく、吹奏感は大変に快適で、頭部管には金属が入っているとは思えない柔かな音色です。




上:グールディング商会の1キイ(1790年頃)
下:グールディング/ダルメイン/ポッター商会の8キイ(1815年頃)




クレーア・ゴッドフロイ(ゴドフロア):5キイ
フランス19世紀の巨匠! ゴドフロアのもっとも典型的な5キイ・フルートです。
コーカスウッドに象牙のフィッティング、銀のキイ。頭部管の真珠母貝が素敵です。
チューニングスライド付で可変範囲は415ー440程度。
軽やかに鳴る楽器で、吹いていて無条件に楽しいです。






イジドロ・ロット:5キイ(1860年代)
ロット・ファミリーの一員による作品。
上と同じ5キイ。コーカスウッドに銀のフィッティング。
吹奏感や音程など上の楽器とやはり似ていますが、やや枯れた重めの音ですね。
このあたりのフランスのフルートは古き良き18世紀の香りがして良いですねー
ピッチは440+-。


ロットとゴドフロアの作品たち
上から:ゴドフロア5キイ、I.ロット5キイ、ルイ・ロットのベーム、ゴドフロアのベーム





テバルド・モンツァーニ作:8キイ
19世紀初頭のイギリスを代表するフルート奏者モンツァーニ監修の楽器。
黒檀に銀のキイ。Cフットジョイント付。銀のフィッティングにはホールマークが打たれています。
スモールホールで吹奏感は18世紀の楽器や↑のゴドフロアに近いですね。
いずれは彼の象牙の楽器も欲しいなぁ・・・





チャールズ・ニコルソン作:7キイ
モンツァーニのライバルであり、19世紀初頭のロンドンでヴィルトーゾの名をほしいままにしたニコルソンの楽器。
クレメンティ商会にて扱われています。
典型的なラージホールの楽器で、吹奏感は非常に快適です。大音量!
ケースもオリジナル。
チューニングスライド付で可変ピッチは415−445あたり。






I.ツィーグラー作:14キイ
ウィーンの名工ツィーグラーの総象牙、14キイ、A足部管、七宝の装飾つきのフルート!
シンプルシステム・フルートの集大成、最終形といえるものです。
全長80センチ近くの長大な笛で、象牙のフルートとしては世界最長だと思われます。
14のキイワークは精緻の極み。両端の七宝細工も良い味を出しています。
ワシントンのD・ミラー・コレクションにより装飾度の高い同様のフルートがあり、
これはハプスブルグ家の為に製作されたものとされています。
この楽器も資料的価値も高いものには間違いありません。




通常の1キイフルート(カヒュ−ザック)と




無銘:6キイ・ピッコロ
上のツィーグラーとほぼ同じ時代と思われる総象牙のピッコロです。
オリジナルケース付。
頭部管のコルク移動用のつまみがアコーン(どんぐり)! 可愛いですね。



メツラーの4キイと並べてみました。




ルーダル・カルテ作:オールドシステム(ベーム式)
19世紀のイギリスでは、従来のフルートとベーム式を合体させたハイブリッドモデルが多数考案されましたが、
この楽器もそのうちの一つです。19世紀中頃のロンドン製。総銀の円筒管。
頭部管の吹き口とキイの配置に特徴があります。
僕の様にモダンフルートの経験ゼロ人間にとっては演奏しやすい「ベーム式」ですね。




ルイ・ロット作:木管ベーム式
ゴドフロアと並ぶフランスの製作家ルイ・ロットの円錐ベーム式木管。
コーカズウッド製、銀のフィッティングとキイ。珍しくもDフット管。
このあたりのフランスの楽器は同時代のイギリスのものと比べてより「手作り感」が
あるような気がします。ケースもオリジナル。
非常に鳴らしやすく、明るい音でよく響くフルートです。A=440で使用可能。
この楽器を手に取るたびに「よし!ベーム式運指を習得しよう!」と思うのですが・・・




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