下記は、
CD「ギターを作った世紀:歴史的名器による19世紀のギター作品」の
日本語版の為に書いた解説の一部です。
CDに付けられるオリジナルはこの数倍の長さがありますが、
ここに一部を公開します。
興味のある方は是非ご購入ください。






The Century that Shaped the Guitar
CD「ギターを作った世紀
:歴史的名器による19世紀のギター作品」
によせて


初めに
このCDは英国で行われた歴史的ギターイヴェント「ギターを作った世紀」The Century that Shaped the Guitarの一環として制作された・・・(略)・・・この解説はCDの日本版の為に、この企画全体に演奏者として関わった僕自身の私的なコメント/メッセージを中心に書いた・・・(略)・・・これは是非言っておかなければならないことだが、歴史的ギターに関するこのような意義のある試みに参加できたのは自分にとって大変幸福なことであった・・・(略)


企画に関わった仲間たち

ジェイムズ・ウエストブロック氏(ジム)
ジムとは8年ほど前、僕がロンドンに移り住んだばかりの頃、ギタリストのバリー・メイソン氏の紹介で知り合った・・・(略)・・・彼はギターを教えているし、製作に関しても多少の訓練を受けている。またギターの歴史に関しては学者はだしのリサーチを行っている。しかし彼は彼自身をプロの演奏家、製作家、学者のいずれとも見なしてはおらず、その意味では自己のありかたに関して謙虚でまた冷徹である。これは世界の真の一流を知っているからこそとれる態度だろう。そして、このようないわば究極のコレクター企画を打ち立てる情熱、それを実現する行動力と人脈には心から感心する・・・(略)

ウーリッヒ・ヴィーダーマイヤー氏(ウーリ)
ドイツのハノーヴァーに住むリュート/アーリーギター演奏家。特にコンティヌオ奏者として良い仕事をしている人で、ムジカ・アンティカ・ケルン、ヒリアード・アンサンブル、ハンブルグ・ラッツムジークなどとの共演が多い・・・(略)・・・ベルリン・フィルハーモニーなどクールなアンサンブルとツアーしている際に、ハノーヴァーで彼とビールを一杯やるのは心からほっとするひとときで・・・(略)


ポール・グレゴリー氏(ポール)
ポールにも2002年の企画で初めて会ったが、それ以前からイギリスを代表するクラシック・ギター奏者の一人として名前は聞いていた・・・(略)


ブライアン・ジェファリ氏(ブライアン)
ブライアンはこの企画に公式に関わっていたわけではないが、19世紀のギター音楽全般、特に僕の担当したフェランディエレとソルのオーソリティであり・・・(略)



使用楽器

G.B.ファブリカトーレ 1798 ナポリ  
現存する最古の6単弦ギターの一台。非常に美しい楽器でメルボルンの製作家によって修復された。全体に華奢に作られた非常に軽い楽器である。ジュリアーニのデュエットで僕が演奏を担当したが、音色はくっきりとして太くて暖かく、弾いていて楽しい楽器であった・・・(略)

J.パヘス(6コース) 1802年 カディス 
画家フランシスコ・ゴヤの家族が所有していたと言われる(確証はない)ホアン・パヘスのギター。珍しい6複弦の楽器で、僕自身は同系列のヨゼフ・パヘスの6コース(1812年)を所有している・・・(略)・・・このギターは音量や音の膨らみはさほどないようにも感じられ、またビリつきも多く録音は簡単ではなかったが、いざコンサートで使ってみるとその音色の品位の高さと音の伸びには圧倒された。それは僕の所有するセラスなどオールドのギターや、またストラディヴァリやガルネリといったヴァイオリンの名器にも共通するもので、弾いていて大変感動した。この様な音の出方はどんなコピー楽器からも聞いたことがない・・・(略)

L.パノルモ 1828年 ロンドン 
ルイス・パノルモにより作られ、パノルモの娘アンジョリーナとギタリスト/作曲家のフエルタの結婚の際に、記念としてパノルモからフエルタに送られたのではないかと言われる楽器・・・(略)

G.ファブリカトーレ 1830年  ナポリ 
おそらく現存するオリジナル19世紀ギターのうちでも最も装飾的な美しい楽器・・・(略)・・・装飾の多い楽器を「王侯貴族もしくは富裕な市民のための鑑賞用/愛玩物で、シンプルな楽器の方が楽器としての機能は高い」とは一般的によく言われることだが、これは全くの認識不足。よく修復された古名器を何本か弾いてみればすぐにわかる。良い楽器はその代価を払える人のために、最上の材料をもって最上のクラフツマンにより作られ、多くの場合は美しく装飾も施されているのだ・・・(略)

R.ラコート 1830年 パリ
2重表面板と弦高調節機能を持った珍しいラコート・・・(略)

G.シュタウファー 1830年頃 ウィーン 
いわゆるレニャーニ・モデルの中でも上級機種・・・(略)

C.F.マーティン  1833年頃 ニューヨーク 
アメリカのマーティンの最初期のギター・・・(略)

C.ブーランジェ(プラッテン) 1880年頃 ロンドン
プラッテンの(弟子の為の)為書きラベルの付いたギター・・・(略)

A.トーレス 1889年 アルメリア  
SE127のトーレス。ロマニロスの著作では高い評価は与えられていないが、なかなかどうして素晴らしい楽器である。(ロマニロスの著作「トーレス」「スペインのギター製作家辞典」における楽器のコメントには正確といえないものも多い。また、ロマニロスは19世紀初頭以前の楽器と音楽にはあまり関心はなさそうである)・・・(略)

弦について
(略)・・・僕にとってはオリジナルの楽器にはガット弦以外は考えにくい。音色もそうだが何よりもタッチが容易になり音楽が修辞的になることが最も重要なポイントである。オリジナル楽器においてはコピー楽器よりもガット弦の良さがより生きるように思う。ガット弦は合成樹脂の弦よりも傷みやすく調弦が狂いやすいのは確かだが、それなりの注意を払うとそう使いづらいものではない。ただ、ガットを使う場合は品質の高いものに限る。講習会などで教える際、ガットを張った楽器を弾く講習生も増えてきたが、品質が低かったり劣化しているガット弦をそういうものだと思いこんで使っている場合も少なくない。ガットに先入観も持つのも、またガットを使っている(だけ)という自己満足に陥るのも避けたいものである・・・


曲目解説

J.A.ナスケ:幻想曲(「神は王を助けたもう」による変奏曲) 
(略)

2−4.F. フェランディエレ:小組曲
(前奏曲)/メヌエット/コントルダンス
 
(略)・・・題名のない一曲目は「音価を正確に読み取る」練習として取り扱われているが、ここではあえてバロック風の前奏曲(non mesure)として解釈した。メヌエットはエマニュエル・バッハなど前期古典派の作風を彷彿とさせる。コントルダンスは原典では簡素な書法によるが、当時の習慣に従ってラスゲアードなども用いて即興的な処理を行った。フェランディエレ自身はラスゲアードを「床屋のスタイル」と呼び重きを置いていないが、当時でもラスゲアードはギター奏法の大切な部分を占めていた。フェランディエレの作品の様に厳格な「宮廷風の」書法を用いていても、そこここにラスゲアードを使った確証は・・・(略)

5.F.ソル: ソナタ1番 Op.14(トッカータ) 
竹内によりパヘスの6コースにて演奏。通称「グラン・ソロ」として知られている作品・・・(略)・・・ソル自身は自身の楽想にしたがって即興したのであろうと考えられる(トッカータの名称はここから来たのだろう)。この録音では、残されている「カストロ版」と二つの「メッソニエ版」を参照/暗譜した上で、竹内自身による即興的演奏を行った。この作品はソナタ形式をとるが、古典的な形式が厳格に守られている作品ではない・・・(略)・・・古楽器(に限らないが)の演奏において原典研究は非常に大切だが、その上で当時の習慣に従った即興的処理(必ずしも音の上で即興するという意味ではない)を自分の演奏に取り入れていかないと、いつまでも音符の奴隷となった義務的演奏から脱することは出来ない。音が楽譜に書かれているから(そのとおりに間違わずに)弾くという演奏ほど、昔の巨匠たちのアプローチから実は遠いものは・・・(略) 

6.D.アグアド: 変奏的ファンダンゴ Op.16  
(略)

7.M. ジュリアーニ: ロッシーニの「英国女王エリザベス」の序曲  
ロッシーニのよく知られたオペラの序曲のジュリアーニ編曲版。2台のファブリカトーレが使われ、ウーリがジェンナロ、竹内がジョヴァンニ・バティスタを担当している・・・(略)

8−9.L. レニャーニ: 36のカプリースより 15番、24番  
(略)

10−11.T. フエルタ: 4つのディヴェルテメントより 
1
番「アンダンテ・グラチオーソ」 4番「ブリランテ/ヴィヴァーチェ」
竹内がパノルモを用いて演奏。フエルタが自分のギターの弟子であったアンジョリーナ・パノルモ(ルイス・パノルモの娘)の為に書いた作品。彼らは後に夫婦となるが、その結婚祝いに贈られた(かもしれない)ルイス・パノルモ作のギターで演奏するという贅沢?な試み・・・(略)・・・彼がラスゲアードを多用したという同時代の証言に従って・・・(略)

12. C. de ヤノン: 美しいマリア
13.  J. ホランド: マズルカ「甘い思い」  
ウーリによりマーティンにて演奏。あまり聴く機会のないアメリカの19世紀ギター作品・・・(略)

14.C.  J.  プラッテン: マルボローによる幻想曲
ウーリによりブーランジェ/プラッテンにて演奏。彼女の好んだ「ホ長調調弦」の作品・・・(略)

15. J.アルカス: ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」  
(略)

16. F.タレガ: マラッツのスペイン風セレナータ  
やはりポールによりトーレスにて演奏。 よく知られたタレガの作品だが、ここでは「ギター博物館」所蔵のレッキー手稿譜(レッキーはタレガの弟子であったイギリス人医師)の版が用いられて・・・(略)


録音のこと
(略)


最後に
初めにも書いたが、この企画に参加できたことは本当に幸福であった。歴史的ギターの演奏を専門とする人間にとって、世界を見渡してもこれ以上の催しは二つとないとさえ思う。改めて主催者と企画に参加した演奏家、製作/修復者、研究者への尊敬の念を持ち、また自分自身を誇りに思うものである。
同時に、19世紀以前のギターを取り巻く現在の一般的な状況には一抹の危惧を覚える。・・・(略)
古楽器が注目を集めるのは悪いことではないかもしれないが、当時の音楽と楽器のあり方は複雑で奥深く、現代人の一般的理解水準を遙かに超えて高いレベルのものであったことはいくら強調してもされすぎることはないだろう。楽器製作と演奏技法の両面において、いまだに解明されていない事柄や現代人の誰一人も実現できない領域も多く残されているのである。
現在もっとも望まれるのは真の専門家の台頭である。高い志を持ち、時間と手間を厭わない修行と訓練、研究とフィールドワークを日々の糧とし、高い能力と自由な発想による実践をおこなう本気の人間なくしては古いギターとその音楽は永遠に理解されることはなく、謙虚な魂を持つ愛好家もまた育たないであろう
・・・(略)・・・


プロフィール 竹内太郎 
京都に生まれる。立教大学法学部卒業後、ロンドン市の奨学金を得て英国ギルドホール音楽院古楽器科大学院にて学ぶ。リュートとアーリーギター、通奏低音をナイジェル・ノースに師事。1997年度文化庁海外派遣芸術家。1998年以降ロンドンを拠点としている。ソロ活動の他、通奏低音/アンサンブル奏者としては、サイモン・ラトル、ナイジェル・ケネディ・・・(略)

演奏会/CD評など

とりわけ竹内の高貴なテオルボ演奏が光っていた。
ーロンドン・タイムズ

これ以上良質のバロックギター演奏は考えられない。
ーグラモフォン

彼の手によって音楽は翼を得て飛翔する
ーアーリー・ミュージック・ニュース

・・・(略)


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