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ガット弦についての覚え書き
初めに

さて、このコーナーでは古い撥弦楽器に用いられるガット弦について、
僕の思うこと、体験したことなどを書いていきたいと思います。

いずれは本格的な手引を作るつもりですが、
それまでのつなぎというか、
自分の考えをまとめるためのページと思ってくださいね。
出来るだけ更新も行なっていくつもりです。

リュートやアーリーギターのほとんどには、
もともとガット弦が張られていました。
金属弦が使用された例もありますが、
これについてはまた別項を設けることにしましょう。
また、シルク(絹)の弦についてもいずれ書きたく思います。、

ガット弦の入手は、決して困難ではありません。
国内でも取り扱う楽器店もありますし、
アメリカ、イギリス、フランス、イタリアなどでは
古楽器用のガット弦が製造されており、
インターネットなどを通じても購入することが出来ます。

価格は・・・
細い弦で一本数百円から。
バロックギターに高価な第5コースのブールドン(低音)ありで張って、
全部のコストは一万円いかないくらいでしょうか。

思えば安くなったものです・・・



僕のガット体験

僕がリュートを始めたのはもう20年も前の話ですが、
当時、大学生だった頃のバイト料が一日数千円でした。
家庭教師のバイトが一回3千円だったかな・・・?

その頃、僕は銀座の毛皮屋さんで、守衛のバイトをしていました。
守衛といっても、そのお店の綺麗な応接間/寝室に、
夜8時から翌朝7時までただ居れば良いだけで、
楽器も練習し放題だし、寝放題、テレヴィ見放題で
非常に楽なバイトでしたね。

バイト料は破格!で一泊8000円でした。

そして朝になってから、銀座で朝食を摂ったりして帰宅するのですが、
帰りによく銀座のヤマハに寄ってガット弦を買ったものです。

実は当時、ヤマハにはハープ用の国産のガット弦が売られていたのです。
今でもあるかもしれません。

価格は随分高く、ゲージによっては1本数千円になるものもありました。
2本買うと一晩のバイト料がパーです・・・

しかし、その当時、リュートとアーリーギターに燃えていた僕は(・・・今も?)
その値段もものともせずに、頻繁に買って帰ったものです。

帰宅してから、自分の楽器に張ってみるのですが、やはり良い音がしましたね。
今から考えると、当時最もよく使っていたリュートは、
ドルヴィー・デザインの歴史的とはいえないものだったし、
弦も羊ではなくて牛のガットで、しかもコーティングが厚く、
決して真正のガットの感触とはいえなかったと思います。

それでもナイロンのぼけた音とは一線を画するものでした。

難といえば、やはりハープという開放弦で弾かれる楽器の為の弦だったので、
ゲージがいまいち一定ではなく、
複弦のコース内で音程が合いにくい弦があったことで、
途中からはマイクロメーターを持参して、ヤマハに通ったものです。

その後イギリスに留学して、NRIやサヴァレスなど,
古楽器用に製作されたガットを体験しました。

僕の師ナイジェル・ノースは早くからガットの使用を実践していた人で、
デビューCDであるド・ヴィゼの録音から、
ガット弦を積極的に使っています。

その後、彼のガット弦ではない弦(ナイロンなど)を張った演奏も聴く機会がありましたが、
面白いことにやはりガットの音がするんですね。

これは古楽器本来の音をちゃんと知っているかどうかが最も大切である、
ということなのかもしれません。

このころ、高音のガットにはすでに良いものがありましたが、
なかなか低音用の弦には使いやすいものがなく、
やむを得ず巻き弦を使うことも多かったのです。
幸い、銅巻き弦が開発されて、
ピラミッドのニッケル巻きを使わずに済むようになったのは、大きな救いでした。

そして、最近では、低音弦にも非常に良いものが出てきました。
ガットを編みこんだキャットライン、巻きをきつくしたハイツイスト、
金属粉などを混入したローデッドガット、
ガットのコアの上に荒く金属線などを巻いたオープンワウンドなどです。

いまやどのようなタイプのリュート、アーリーギターでも、
望めばすべてガット弦で張れる時代です!
いやあ、生きている間にこういう時代が来るとは思いませんでしたなー
(しみじみ)

僕は、ソロの演奏会には、
コピーではなく17,8世紀のオリジナルの楽器を使用する機会が多いのですが、
ナイロン弦やカーボン弦は、驚くほどこれらオリジナル楽器には合わません。

オリジナル楽器や、オリジナルに忠実に製作されたコピー楽器では、
ガットを張った場合と合成樹脂の弦を張った場合の音色や音量の差は驚くべきほどで、
ガットを張ると、楽器が全体としてよく鳴るようになるだけではなく、
タッチが容易になることに気づかされます。
楽器は修辞的によく「語る」ようになります。
ナイロン弦では決して容易ではなかった歴史的奏法(親指外側奏法)も、
非常に生きてきます。

そのようなわけで、現在の自分は、ほとんどガット弦を張っています。

ただ、ツアーが非常に多い音楽家生活を送っておりますので、
気候の極端に異なる国で演奏する場合は、
ナイルガットなどの代替品を用いることも多いことも、
ここで告白しておきましょう。

また現代のコンサートホールにおけるエアコンは、
ガットを使った演奏会では、しばしば悩みの種です・・・

ナイルガットは、音質、音量においてガットには劣りますが、
タッチはガットに比較的近いものが適用できます。



ガットの長所と欠点(?):付き合い方のコツ

適正に作られた楽器にガット弦を張ると、
音量は増し、音色はきびきびしたものになります。
また特に低音には不必要な残響がなくなり、
低音の消音の必要もほとんどなくなります。

と、良いことばかりなのですが、価格が多少高いこと、入手がやや困難なこと、
耐久性が劣ること、調弦が不安定なこと、などを短所としてあげる人もいますね。

まあ価格や入手の点では、
釣具やさんで釣り糸を買うことに慣れてしまうと、
絶対にそれには負けますね・・・
(このことに本気で固執する人は古楽器は向いていないのでは?)

耐久性については、確かに高音弦は傷みやすいので
ストックを持っておく必要はありますが、
それでも良い弦を選んで管理をちゃんとすると、
かなり長い間持たせることもできます。
低音は良いものだと非常に長持ち(何年も)しますし、
リュートやテオルボの番外弦のように
開放弦でのみ使われるものは半永久的に使えます。

傷みやすい第1コースだけ、
ナイルガットのような合成樹脂の弦にするのも悪くないアイデアです。

また、オイル(アーモンドオイル、ピーナッツオイル、亜麻仁油など)や、
ある種のニスを弦に塗ると、耐久性や調弦の安定度が増す場合もあります。

例えばサヴァレスなどは、ニスを塗ったガットと、
オイルを塗ったガット、
2種類をカタログに載せています。

調弦の安定度については、確かにガットは有機質なだけあって、
湿度や温度の変化に敏感です。
湿度が上がるとピッチが下がり、湿度が下がると上がります。
これは、ソロの時よりもむしろアンサンブルで演奏する際に問題になりやすいですね。
特にオペラなどの公演だと、
調弦する機会が一幕中なかったりしますから。
でもバロックオーケストラの場合、
弦楽器は全員がガットを張っていますし、
皆で一緒にピッチが上下しているわけで、
実際はあまり目立ちません・・・
チェンバロの場合は反対で、
表面板の伸縮でピッチが影響されるため、
湿度が上がるとピッチも一緒に上がり、
湿度が下がるとピッチも下がるため、
なかなか大変です・・・

でも、以上のような欠点(?)が全く問題にならないと思わせるほどの魅力が、
ガットにはあります!

ガットの魅力については、音量、音色、もちろんそうなのですが、
タッチが容易になり、音楽がより修辞的になることが最たるものと挙げられます。
音楽を語らせるのが非常に楽なのですね。

一度その素晴らしさに触れてしまうと、
もはやナイロンやカーボン弦には戻れません。

初めて、ガットを張った場合、多くの人には違和感があるでしょう。
それまでに、長くナイロンやカーボンに触れているほど、
その度合いは強いかもしれません。
その意味で言えば、リュートのプロ奏者や指導を生業としている人にも、
ガット弦にある種のアレルギーを持たれる場合があるようです。
前述したように、ガット弦を弾くには、
ナイロン弦とは異なったテクニックが要求されますので、
やはりそれなりに時間をかけて探求していかなければなりません。

ガット弦を張った場合のテンション(張力)もまた問題です。
現在のリュート/バロックギター奏者は、単弦のコースに3.9キロ、
複弦のコースには1本3.5キロほどの張力を使用するのが一般的ですが、
ガットは低い張力でもよく鳴りますので、テンションを10ー20パーセント、
ピッチにして半音から全音ほどは下げることが可能です。


ガットを弾く

楽器に弱い張力(単弦3.3キロ、複弦一本を2.3−2.8キロほど)で、
ガット弦を張ってみましょう。
すでにガット弦を張った楽器が手元にある人は、
全体のピッチを下げるだけでOKです。

ガットは良い品質のものを使用しましょう。
原材料が吟味されていなかったり、仕上げが荒かったり、
均質ではなくて音程が合わなかったりするものだと、
かえってナイロンの方が良い!ということになりかねませんので。

前述のメーカーは一定のレベルはクリヤーしていると言えるでしょう。

さて!
高音のコースを弾いてみましょう。
ナイロンやカーボンに慣れた指には、
最初は弱すぎて感じられるでしょう。
もしかしたら、ビリツキが目立つかもしれません。

弾弦位置をよりブリッジ近くにしてみましょう。
そうして指の弦にあたる面積をより小さくするのです。
ガットの表面は多少ざらついています。
そのざらつきをうまく使って弦を響かせてください。
すこし手首を上げて、
指先を軽く浅く弦に当てるタッチを試してください。

これまでにナイロンやカーボン弦で(もしかして)行なっていたように、
弦を意図的に表面板に向かって押し込んだり、
指を深く弦にかける必要はありません。

指の先をほんの少し弦に触れるように弾弦します。
親指内側奏法を取っている人は、
親指を外に出してみましょう。

最初は、音が硬く感じられるかもしれませんが、
耳の良い人、勘のすぐれている方は、
これが非常に美しい響きを含んでいることに気づかれるでしょう。

何か旋律を弾いて見ましょう。

いかがでしょう?

これまでよりも随分とアーティキュレイトしやすく、
肉体の負担も減ったのではないでしょうか。

流れるように、湧き出るように、
音を紡ぐことが出来るのではありませんか?

次は親指です。
低音を弾いてみましょう。
親指(の低音)はすべてアポヤンドで弾きます。
低音のガット弦は巻き弦に比べると、
高い倍音があまりなく(うるさくなく)、
大変聞きやすいものです。
低音はオクターブで張られているのは、
高い倍音を補充する意味だったのですね。
ガットは響きすぎないため、
原則として消音の必要はありません。

さて、以上のタッチをよく練習してください。

残響の多い部屋で数週間・・・
少なくとも数日間はこの作業に集中できれば良いのですが。

充分な練習を積んだあなた!
あなたの右手の形は、
17,8世紀の絵画などに見られる奏者のそれと、
限りなく近づいてきている筈です。

以上のことを厭わずに実践した方は
ガット弦を使うということは、
ナイロンやカーボン弦を使うこととはまったく異なる世界の扉を
開けたことだと気づかれるでしょう。
そして、その扉こそが、
バッハの、コルベッタの、ダウランドの、ヴァイスの
音楽世界へとダイレクトに通じるものなのです。

(以上のことは、いわゆるバロック時代、1600年より後に
一般的だったと思われる楽器のコンデションおよび奏法です。
16世紀のスペインのヴィウエラも同様だと思われますが、
ルネサンス時代には親指内側奏法も広く用いられていました)

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