古楽器スターターのページ
その4:ガット弦

弦のマテリアルには、ガット、ナイルガット、ナイロン、カーボンなどがありますが、
歴史的にはガット弦が使われていました。

現在でも、ガット弦はその音色、音量、弾きやすさにおいて最も優れていると言えます。
また、「3:右手のタッチ」で触れた歴史的奏法の使用や、
古楽器を本来の音高に調弦することは、ガット弦を使うことなくしてはほぼ不可能です。

ガット弦の良さが分かってくると、もう他には戻れません。
音色や音量のみならず、音楽の感じ方、作り方まで大きく変わり、
弾き手にとって音楽する喜びは何倍にもなります。
みなさん是非ガット弦を使ってみましょう!

ここではガット弦について基本的な概念と使い方のコツを書き、
私が主にソロ演奏に使っている楽器の弦のセッティングを紹介しましょう。

(参考「ガット弦についての覚え書き」)



ガット使用の基礎と基本


*ルネサンス、バロック時代の全てのリュート/ギター族はガット弦だけで張るように設計されている。
ガット弦を使う場合は、歴史的な構造/コンセプト(特に弦長)による楽器を使うことが大切。

*標準ピッチ(A=440や415など)に拘らず、最も適正と思われるピッチに調弦する。

*16−18世紀に作られていたガットの最も細いゲージは0.42ミリ前後だと思われる。
(ただしガット弦はナイロンほどではないがテンションで多少ゲージが細くなる)

*テンションは歴史的奏法の使用を前提に設定する。

*ガットには主に高中音域に使われる通常のガットの他、低音用にはツイストしたキャットライン、
顔料などで比重を増したロード(ローディッド)ガット、金属線を荒く巻いたオープンワウンドなどがある。

*弦長と最高音の関係は次のとおり。
ガットはこれ以上高く調弦すると(ゲージが何であれ)切れやすくなり、実用的ではないが、
これよりも半音から全音高く調弦することも不可能ではない。
弦長  :  ピッチ(A=392)
55センチ:a'
60センチ:g'
64センチ:f♯'
67センチ:f'
72センチ:e'
80センチ:d'
90センチ:c'




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6コース・ルネサンス・リュート(弦長60センチ ノーマン・リイド作ゲルレコピー)

・・・第1コースをできるだけ高く調弦する・・・(ロビンソン)


・・・右手の親指は中指の下に置く(親指内側奏法)・・・(カピローラ/ヴィタール)

・・・右手の親指は他の指よりも高く上げておく(親指外側奏法)・・・(ブザール/ダウランド)


プレトリウスの「シンタグマ・ムジクム」には、ちょうどこのサイズのリュート(10コース)が
「コーアトンのリュート」として載せられています。
この時代(17世紀初頭)のイタリア/ドイツのコーアトンはA−385〜400あたりだと考えられてます。
この楽器には第5および第6コースにはツイストのキャットラインを張っていますが、
オクターブ弦がある場合は必要ではなく、通常のガットで充分です。
また6コースリュートにユニゾン調弦を施すことも勿論あり得ます。

ピッチ:390 第1コース:g’
1:0.42
2:0.48
3:0.63
4:0.80/0.44
5:1.00/0.53
6:1.30/0.70



2011年7月追記
6コースリュートの中低音の張力は、特にオクターブ弦がある場合、しばしば非常に低かったのではないかと思われます。
で、最近では次のような弦を使っています。すべてプレインガットです。
1:0.42
2:0.46
3:0.50
4:0.70/0.42
5:0.80/0.50
6:0.90/0.65



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7コース・ルネサンス・リュート(弦長59センチ マイケル・スプレーク作ヒーバー・コピー)


・・・まず第1コースを固すぎも緩すぎもないように張り、他の弦をそれに合わせて選び調弦する・・・(ダウランド)


・・・第1コースを含むすべてのコースが複弦・・・(ロビンソン/ダウランド)

・・・右手の親指は他の指よりも高く上げておく(親指外側奏法)・・・(ブザール/ダウランド)


1600年ころのリュートには第1コースが複弦であったことも多かったと思われます。
ダウランドは「第6コースまでユニゾンで張る」ことを勧めていますが、「英国以外ではそうでもない」とも書いています。
下の例では6コースからオクターヴを張っていますが、ユニゾンにする場合は少し太めにする方が良いでしょう。



ピッチ:405 第1コース:g’
1:0.40(複弦)   0.42(単弦)
2:0.46
3:0.53
4:0.73
5:0.98
6:1.10/0.55
7:1.40/0.70


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ヴィウエラ(弦長55センチ クラウス・ヤコブセン作))

・・・第1コースを出来るだけ高く調弦する・・・(ミラン)

・・・親指を外に出す「スペインのフィゲタ」と親指を中に入れる「外国のフィゲタ」・・・(Venegas de Henestrosa)

全てユニゾンで調弦。
ただし16世紀にはヴィウエラは常にユニゾン調弦であったわけではなく、
低音にオクターブ調弦も用いられていました。

ピッチ:390 第1コース:a'
1:0.42
2:0.46
3:0.55
4:0.75
5:1.00
6:1.30



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バロックリュート(弦長67センチ クリス・エガートン作フライコピー)

・・・現代のリュートは低いカンマートンに合わせられるので第1コースは4週間持つ・・・(バロン)

・・・ブリッジの近くで強めに弾弦する、乱暴だったり爪を使ってはいけない・・・
しばしば弱くも弾きなさい、リュート(音楽)は言葉のようなものである・・・(バーウェル)

バロンの時代(18世紀前半)のドイツのカンマートンはA−380前後だったとされます。
この楽器には第8コースまで通常のガット、第9,10コースにキャットライン、
第11コースには試験的にロードガットを張ってあります。
6コースから下をロードガットで張っていたこともありますが、私自身はむしろ通常のガットの方が好みです
バロック時代のリュートはかなりブリッジに近い位置で弾弦されていましたが、
それは(低音の)テンションが緩かったからでしょう。
ブリッジよりの弾弦は弦の雑音を抑え、多少の不正振動やテンションの不均等も補正してくれます。
緩い張力は音の出方をより修辞的にし、左手の押弦も楽にします。

ピッチ:390 第1コース:f’
1:0.42
2:0.46
3:0.58
4:0.75
5:0.85
6:1.10/0.58
7:1.20/0.60
8:1.35/0.68
9:1.40/0.72
10:1.60/0.85
11:1.80(ロードガット)/0.90



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バロックギター(17世紀ギター)(弦長67センチ セラス作オリジナル c.1650)

・・・ギターの第3コースはヴァイオリンの太目のE線を、
第4コースの低音にはヴァイオリンのA線、オクターヴにはギターの第1コースと同じもの、
第5コースの低音にはヴァイオリンの極太のA線、オクターヴにはヴァイオリンのE線を張る・・・(ストラディヴァリ)

17世紀にはギターには様々な弦の張り方があり、
5コースおよび4コースに低音を持たない方法もよく行われていました。
それらのレパートリーを弾くためにも、鳴り過ぎない低音弦を採用するのは良いアイデアです。
たとえ音の出方は強くなくとも低音が張られていると、
ギター全体の音量を増やし、ラスゲアードにも威力を発揮します。

この楽器の第5コースは太目の通常のガットです。
オープンワウンドやロードガットも試しましたが、結局は太いガットで充分というか、
音色は通常のガットが最も良いようです。
ただ高いオクターヴ弦との径の差が大きいので、扱いには慣れが必要かもしれません。

ピッチ:380 第1コース:e'
1:0.48
2:0.52
3:0.60
4:0.93/0.47
5:1.20/0.58



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ロココギター(18世紀ギター)
(弦長64センチ ランベール作オリジナル c.1760))

・・・巻き弦をギターの低音に使うと、フレットを傷つけ、響きのバランスを悪くする・・・(百科全書)

・・・私は最上のガットに銀線を荒くまいた低音弦を自分で作る・・・(ル・コック/カスティリオン)

・・・第1弦には細い弦を張る。2〜5コースにはすべてほぼ同じ太さの弦を使う・・・(ル・コック/カスティリオン)


ル・コックの勧めに従って、2〜5コースにはそれほど変わらない太さの弦を張ってあります。
テンションは不均等になりますが、結果的には弾きやすく鳴らせやすくなります。
第5コースにはオープンワウンドを張っています。
低音が強めで、ともすればバランスを崩す恐れはありますが、
18世紀後半のギター音楽にはラスゲアードがあまりなく、
ベースの働きは重要なのでこのセッティングは良いようです。
実はル・コックは第4コースにもタイガーラインの使用を勧めていますが、
私は必要は感じておらず現在のところは使っていません。
また、このランベールのギターはロココ時代の楽器らしく低音特性が良いもので、
ル・コックが使っていたであろうヴォボアン・タイプのモデルとは楽器の鳴りかたは異なるでしょう。
また、この時代のオリジナルギターはほぼ例外なく、張りが強めに感じられるのも興味深いものです。
バロックに比べて小型のボディ、短めの弦長の楽器から、
高い音響特性を引き出そうとしていた製作家の工夫と努力を感じます。

ピッチ:385 第1コース:e'
1:0.46
2:0.52
3:0.60
4:0.90/0.48
5:1.22(タイガーライン)/0.53



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19世紀ギター(弦長63センチ ラコート作オリジナル 1820s)

・・・アンサンブルをしない際は、私はギターをピアノよりも全音低く調弦しておく。
演奏は容易になり共鳴は増え、弦は切れにくくなる・・・(プラッテン夫人)


・・・ギターを音叉で(コンサートピッチに)調弦すると張力は80ポンドー90ポンド(約40キロ?)ほどの
非常に大きなものになるので、表面板に穴が開いているピン・ブリッジは良くない・・・(アグアド)

・・・第1弦には多少太目の弦を張るのが良い・・・(アグアド)


・・・ギター製作家マルティネスは、製作前に使用者の音色と弦の好みを確認した・・・(ソル)

・・・ギターの高音にはヴァイオリンと同じ弦を張る・・・(カルリ)


19世紀ギターは楽器やそれぞれの奏者のアプローチの差が大きいのですが、
私が初期のラコートに使用している例です。
通常はプラッテン夫人に倣って低く調弦してあり、アンサンブルに使用する際は弦を換えずに上げて使います。
19世紀ギターの弦に関しては、アグアドの教則本の記述が高い張力の確証としてよく言及されますが、
これもプラッテンの記述と同様に、ギターが通常は他の(オーケストラの)楽器よりも
低く調弦されていたことの傍証と考えられます。
「第1弦に太めの弦を張る」(アグアド)のは、テンションによって実際の径は細くなるためでしょう。
またソルの記述からは、注文主の意向によって楽器のスペックが異なっていたことが分かります。
この楽器の低音にはガット芯の巻き弦を試験的に張ってありますが、
ナイロン芯やシルク芯の巻き弦に比べて、華やかとは言えませんが基音がはっきりして好みの音ではあります。

ピッチ:385 第1弦:e'
1:0.55
2:0.70
3:0.85
4:1.20(巻き弦)
5:1.60(巻き弦)
6:1.95(巻き弦)


楽器によって太目の弦を使う場合もあります。この場合もピッチは低めです。
1:0.61
2:0.75
3:0.90




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付録その1:ガット弦の計算尺



弦長、音高から張力を算出できる計算尺は大変便利です。
各社から発売されており、また以下のサイトでもソフトが無料ダウンロードできます。
http://www.wadsworth-lutes.co.uk/downloads.htm

ただ、私の経験では、楽譜を書くこととなどと同じく、
コンピュータを使うより計算尺で自分の手を使って算出する方が、
人間の感覚は磨かれるように思います。
ここでは私の教室で無料配布している簡易計算尺を挙げておきましょう。
私が昔、学生時代につくったものの複製です。

Taro先生のガット弦計算尺のページ


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付録その2:ガット弦のメーカーのサイト

NRI(老舗!)
http://www.nrinstruments.demon.co.uk/Guide.html

サヴァレス(ニス塗りガットは昔好きだった、今は?)
http://www.savarez.com/

アクイラ(良く使う、入手しやすいので)
http://www.aquilacorde.com/

ガムウト(日本のLGS会員は割引!)
http://gamutstrings.com/

キルシュナー(ドイツ人の友人は良く使っているみたい)
http://www.kuerschner-saiten.de/

ピラミッド(・・・)
http://www.pyramidstrings.com/




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付録その3:覚え書き(備考と課題)

*バロック時代に、極細/強靭なガット弦が存在した可能性は? (例えばマンドリーノ用とか)

*指に感じる張力(弾き心地)は物理的な弦のテンションのみによるではなく、
楽器のセッティング(弦高など)にも大きく影響する・・・

*現代のコンサートホールで総ガット弦、歴史的奏法による古楽器演奏は可能?(聴衆にアピールするのかな)
(音量の問題というより、ガット弦を使った演奏は、飛躍的に繊細かつ修辞的になるので・・・)

*アンサンブルやオーケストラとのコンサートでもガット弦使いたいね・・・

*日本でも良いガットが気軽に入手できれば良いのにね!(Next day service とか)

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