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その3:右手のタッチ

リュートやアーリーギターなど古楽器を学ぶ人にとって、
もっとも知りたいのは正しい右手のタッチ、美しい音の出し方だと思います。

ここでは図版を用いつつ歴史的な変遷を概観して、私の推奨するタッチについて書いていきますが、
まず基本として、リュート、アーリーギターの正しいタッチを学ぶ際に非常に有益なのは次の2点です。
*小指を表面板につけること
*爪は長すぎないこと




ルネサンスリュート(前期)

16世紀の初頭から中頃にかけては、親指を手の平の中に入れる親指内側奏法が主に使われていました。
右腕を楽器の底部から水平にローズ方向に伸ばすと、自然に親指は手の平の中に入ります。

15世紀末の絵画

上の絵画ではリュートの位置は高めでほぼ水平に構えられていますが、
角度をもって(ネックを上げて)リュートを構える際には、手首を内側に曲げると
親指を手の平の中に入れることができます。

フランチェスコ・ダ・ミラノ?の右手

このように親指を手の平の中に入れて弾弦する「親指内側奏法」が、
スペインを除く全ヨーロッパで16世紀前半には使われました。



ルネサンスリュート(後期)

1580年頃から親指を手の平の中に入れない「親指外側奏法」が多く用いられるようになります。

エリザベス一世の右手

上のミニアチュールでは楽器はある程度角度をもって構えられ、
右腕は自然に伸ばされ、親指は手の平の外に出ています。

1600年頃には親指外側奏法が主流になりました。



リュートの弾き方は、16世紀を通じて親指内側奏法から親指外側奏法へと変遷していったのでした。
ダウランドの教則本「リュートレッスン様々」ではこの2つの奏法に触れて、
親指外側奏法を「よりエレガントである」と推奨しています。



バロックリュート


バロックリュートにおいては親指外側奏法のみが使われました。
ルネサンス時代よりも、よりブリッジ近くで弾弦されるようになります。
これは、低音に親指を伸ばしやすくすること、低音弦に弱い張力を採用していたからだと考えられます。

3人のリュート奏者の右手
左から:ムートン(11コース)、ファルケハーゲン(13コース)、シャイドラー(13コース)




バロックギター

バロックギターもバロックリュートと同様に、ブリッジ近くでの親指外側奏法が用いられました。
ラスゲアードの基本位置はネックとボディのジョイント付近です。

左から
プンテアード、ラスゲアード、プンテアード




19世紀ギター

19世紀に入ると、楽器の個体差が大きくなったこともあり、それぞれの奏者間の奏法の差にも大きなものがありますが、
ブリッジ近くの親指外側奏法は共通しています。
ここでは、ソル、アグアド、そしてプラッテン夫人の姿勢と右手を挙げておきます。
いずれの場合も右手は自然に伸ばされ、小指は表面板につけられています。


ソル(ソルの教本本文では、小指を常時つけることは推奨していません) 


アグアド(アグアドは爪を使っていました)

 
プラッテン夫人



まとめ

「正しいタッチ」はそれぞれの楽器によって少しずつ異なりますが、
こうして見ると、エリザベス女王からプラッテン夫人に至るまで「親指外側奏法」が一貫して使われていることもわかります。

ですので、6コースリュートで16世紀前半の音楽のみ演奏される方には、
楽器を水平に近く構えて右手親指を手の平に入れて弾弦する」のをお勧めしますが、
ルネサンス後期以降、バロック、古典、ロマン派の音楽を弾かれる方には、
ネックを上げて構えて右手親指を手の平の外に出してブリッジよりで弾弦する」のを勧めます。


↑に見られるように手首を少し上げて指先で弾くのがコツです。
この奏法だと、小さな動きでも音が出しやすく指と手の負担が小さく身体はたいそう楽です。
弱いテンションのガット弦にもよく適合します。
 
「良い音」のイメージはなかなか文章にはできませんが、私自身は、
クリヤーで遠達性のある音、インパクトを与えすぎず、レガートながら語るような音
を理想としています。

親指外側奏法でブリッジよりで弾弦しても良い音が出ない!」とは良く質問されることなのですが、
それはおそらく次の点に問題があります。
*ガット弦を適正な音高、張力で使用していない
*楽器が歴史的な構造でない
*「良い音」のイメージが異なっている


中でも「ガット弦を適正な音高、張力で使用する」のは重要なポイントです。
そこで次回は」について書いてみましょう。


付録:クラシックギター経験者のみなさんへ

クラシックギター経験者にとって、古楽器の左手の動きはそう困難ではないはずです。
右手はギターとは異なっているので、ついついタッチの勉強はおろそかになりがちで、
少々キタナイ音になってしまっても楽曲に取りくんでしまうのが実情と言えます。

ギタリストの皆さんは、この章の冒頭に挙げた「小指を表面板につける」および「爪を短くする」
には非常に困難を感じる筈なので、まあ無理もないと思います。

しかしモダン奏法で弾かれた場合、音楽の作り方そのものもモダン寄りになりがちで、
モダンとも古楽ともつかぬ中途半端な演奏になってしまうのがほとんどです。

古楽器に真面目に取り組む気概のある方には、
爪を短めにして歴史的奏法を学ばれることを心から勧めます。
その間にはクラシックギターには触れないようにしましょう。
ある程度でも「良い音」を出せるようになった際には、
爪を多少伸ばしてもその「良い音」は保持できる場合が多いのです。

19世紀ギターに取り組まれる方にも「小指を表面板につける」「爪を切る」の2点はお勧めします。
19世紀においては「小指を表面板につけず」「爪を用いた」ギタリストが多く存在したのも確かなのですが、
彼らの奏法は現代のモダンギターのそれとは大きく異なっていました。
「爪を使わず」「小指を表面板に付ける」奏法を学ぶと、
後に「爪を伸ばして」「小指を表面板につけずに」演奏する際にも、19世紀の奏法に近くなっているはずです。

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