(通奏低音課題は一番下です)
通奏低音について
通奏低音についての質問は多いですね。ここでは楽器の選択と演奏に関する事柄をまとめてみましょう。
なお、プロアマ問わずこの分野に興味のある方は、なにはともあれまず次の文献をお読みください。
Nigel North [Continuo playing on Lute, Archlute
and Theorbo] (Fabor)
Robert Spencer [Chitarone, Theorbo and Archlute]
(Early Music, oct.1976)
1:楽器の選択
通奏低音演奏に使用できる代表的な撥弦楽器には、ルネサンス・リュート、バロック・リュート、
テオルボ(イタリアン、イングリッシュ、ジャーマン)、アーチリュート、マンドーラ(ガリコン)、およびバロックギターがあります。
次に楽器別に説明していきますが、楽器のタイプについて考える際に
最も重要なのは楽器のサイズ、弦長および調弦です。楽器の形ではありません!
たとえばイタリアンのテオルボ(キタローネ)とアーチリュートはちょっと見ただけでは区別のつかないほど良く似ています。
しかし弦長およびボディの大きさには大きな違いがあり、その音量、音色、使われた時代や音楽的な使用法は非常に異なります。
一見して形のよく似ている3種の楽器、リュート・アッティオルバート、アーチリュート、テオルボのサイズを比較してみましょう。
左.リュート・アッティオルバート(セラス):短い弦長と小さなボディをもつソロ楽器(17世紀前半のみに使われた)
中.アーチリュート(ハーツ):長目の弦長と大き目のボディを持つコンティヌオ楽器(主に18世紀に使われた)
右.テオルボ(ティッフェンブルッカー):非常に長い弦長と特大のボディを持つコンティヌオ楽器(主に17世紀に使われた)
この3種の楽器の使用法は非常に異なります。詳しくは後述します。
A: ルネサンス・リュート
通奏低音を始める方はすでにルネサンス・リュートを弾いていて・・・という場合が多いでしょう。
通奏低音の演奏にはその楽器の調弦やコードの形に親しんでいることは重要ですし、
まずは馴染んだルネサンス・リュートで通奏低音を学習することは良いアイデアです。
入門者にとっても楽器が入手しやすくソロ曲も多いルネサンスリュートから入るのは悪くないでしょう。
歴史的にルネサンス・リュートが通奏低音演奏に用いられたのは16世紀末から17世紀前半、
弾き語り、歌の伴奏、小規模のアンサンブルなどが主です。
この時代にはアーチリュートは通奏低音にはまだあまり使われておらず、
ルネサンスリュートをテオルボや鍵盤楽器と組み合わせて使うのは非常に有効です。
ルネサンスリュートで学んだ和声の知識や音感は、アーチリュートやテオルボにほぼそのまま生かせます。
もちろん後期バロックの作品や大きな編成のコンティヌオを志す方は、
いずれはテオルボやバロックギター、アーチリュートなど通奏低音楽器を入手しましょう。
B: アーチリュート
ルネサンス・リュートと調弦が似ているため、最初のコンティヌオ楽器としてアーチリュートを選ぶ場合もよくあるようです。
しかし実際には熟考したほうが良いのです。
アーチリュートには大きく分けて2種類あります。
左の弦長の短いショートネックのリュート・アッティオルバート(標準弦長57センチ/80センチ)、
右の弦長の長いロングネックの大型コンティヌオ・アーチリュート(標準弦長68センチ/140センチ)です。
前者のリュート・アッティオルバートは弦長が短くボディも小さく、基本的にソロ用の楽器です。
弦長64センチほどのやや大型のアッティオルバートは小編成のアンサンブルには有益です。
アッティオルバートの低音は例外なくオクターヴで調弦される複弦コースですが、
これに巻き弦を単弦で張っている例もよく見られます。
巻き弦の使用は歴史的とは言えず、音色には品がなくなり不必要な余韻が増え、
バロックの音響像からは遠いものになりがちです。
後者の大型アーチリュートは弦長は長目でボディも大きく、音量は小型の楽器よりも期待できます。
長い単弦の低音はテオルボほどでないにしても強い音を生み出します。
また長い第2のネックは楽器全体の響きにも寄与します。ただよく誤解されているのですが、
このタイプのアーチリュートが通奏低音楽器として使われるのは17世紀中庸以降、市民権を得るのは18世紀に入ってからです。
18世紀の音楽はバスラインが高くなり和声も複雑ですが、音高が高く弦長がテオルボに比べて短めのアーチリュートは良く適合するのですね。
アーチリュートは18世紀初頭のローマで主に使用されました。当時のローマのアンサンブル・ピッチはA=390前後で、
アーチリュートが指板上68センチという長い弦長を持っているのはこのローマン・ピッチに対応していたためです。
68センチの弦長を持つ楽器はガットを使用した場合、現代のバロックピッチA−415ヘルツに調弦することは出来ません。
パーセルなどイギリスの17世紀音楽にアーチリュートを使う例もよく見ますが、
実はパーセル時代のイギリスにはアーチリュートは存在していませんでした。
当時の代表的なコンティヌオ楽器は、イングリッシュ・テオルボ(後述)とギターです。
アーチリュートが最も効果的に使用できるレパートリーは、ヘンデル、ヴィヴァルディ、コレッリなど18世紀の器楽曲です。
アーチリュートはその音域と音量のため声楽の伴奏にはあまり向いていません。
本格的なコンティヌオ演奏のためにアーチリュートを選択する場合は、
1:大型のロングネックの楽器にすること(弦長64センチ/130センチ以上)
2:レパートリーは18世紀盛期バロックの器楽曲(主にイタリアとイギリスもの)を中心に考えること
が必要です。
C: バロック・リュート
バロック・リュートには11コースと13コースがあります。
指板上の標準弦長は66センチー73センチ程度でニ短調調弦。
バロック・リュートはその調弦のため大変共鳴が多く、調性による差も顕著で修辞的な響きを特色とします。
基本的にはソロ楽器ですが、小規模な編成でしたらアンサンブルにも適応します。
同じくソロ用のリュートで、通称ジャーマン・バロック、ジャーマン・テオルボと呼ばれる
長めの低音弦を持つ13コースの楽器(弦長70センチ/90センチほど)も存在します。
長い低音を持つために往々にして通奏低音楽器と誤解されてますが、これも基本的にはソロ用です。
ただし、この弦長の楽器に前述のアーチリュート調弦を施して、
通奏低音楽器としても使われることもあったと言われています。
同じ形の楽器で指板上76センチを超えるものには、特殊な「ジャーマン・テオルボ調弦」(後述)が施され、
通奏低音に用いられました。(この弦長では通常のリュート調弦は不可能)
次に同様の形をしていてもサイズと弦長が大きく異なるリュートとジャーマン・テオルボを比較してみます。
左:弦長72/97センチのソロ用ジャーマン・バロック・リュート(シェレ)
中:弦長85/110センチのコンティヌオ用ジャーマン・テオルボ(ティールケ)
左:弦長89/160センチのコンティヌオ用ジャーマン(イタリアン型?)・テオルボ(シェレ)
D: テオルボ
テオルボには4種類挙げることが出来ます。イタリアン、フレンチ、イングリッシュ、ジャーマンです。
いずれも通奏低音用に開発された楽器ですが、次にまとめてみます。
a: イタリアン(キタローネ)
標準弦長89センチ/160センチで大型のボディを持つ。
A調弦で第1,2コースがオクターヴ低いre-entrant調弦。
低音は単弦だが、指板上のコースは楽器により単弦もしくは複弦。
イタリアン・テオルボはあらゆるリュート属の中でもっとも効果的な通奏低音楽器です。
たとえ2000人のオペラハウスでも通るだけの音量があり、レジスターは低く
ソロ声部を乱すことのない理想的な伴奏楽器。
便宜的にイタリアンと呼んでいますが、バロック時代を通じてイタリア、フランス、イギリス、ドイツなど
全ヨーロッパで使われました。通常はテオルボというとこの楽器を指します。
17世紀の作品はすべてイタリアン・テオルボで対応できます。
弦長が長いほど音量と音質の向上が期待できます。弦長90センチを大きく超える例も残されています。
現代では、左手のストレッチを心配して小型の楽器を使用する例も多いようですが、
テオルボの運指法はリュートのそれとは異なるので、実際は問題ありません。
ある程度でも本格的にコンティヌオ演奏を志す人には、最小でも80センチ/155センチ以上の楽器を使うのが良いでしょう。
b: イングリッシュ
弦長80センチ/100−140センチ程度で、 第1コースだけがオクターヴ低いG調弦。
17世紀の後半にイギリスで使用、ロウズやパーセルの作品の演奏には最適です。
この時代のイギリスの作品には♭系の曲が多く、A調弦のイタリアンテオルボだと楽器が豊かには鳴りにくく、
アーチリュートはパワー不足、イングリッシュ・テオルボはイギリスものを真面目にやりたい人には便利な楽器と言えます。
ルネサンスリュートと同じG調弦が使えることから、ダウランドとパーセルに熱心な方がまず第一に考えるべき楽器でしょう。
c: フレンチ
小型のテオルボ(弦長76センチ/120〜130センチ程度)にフレンチ・テオルボの名称をあてがい、
あたかもフランスでは小型の楽器が通奏低音に使われていたかのように解説されているものがありますが、
これは正確ではありません。
フランスでも通奏低音には前述の大型(イタリアン)・テオルボと同様のものが使用されていました。
「フレンチ・テオルボ」という名称はイギリスの歴史的文献「タルボット手稿譜」を原典としますが、
タルボットは実際にはここで2種類の「フレンチ・テオルボ」を挙げています。
すなわち通常の大きさの「コンソート用フレンチテオルボ」および小型の「ソロ用フレンチテオルボ」で、
後者の小型のソロ用楽器は「弦長76センチ/129センチ、D調弦(通常の調弦よりも4度高い)」と解説されています。
この小型の楽器に巻き弦などを用いて通常のA調弦を施すことも不可能ではありませんが、
通奏低音楽器として成功する可能性は低く、お勧めはできません。
ただし、18世紀に入りイタリアなどで大型アーチリュートが使われるようになってから、
フランスでは小型のテオルボの第2コースを上げてコンティヌオに使う試みが為され、
これを18世紀フレンチ・テオルボと呼ぶ場合があります。
(つまりイングリッシュ・テオルボと同様、ただしA調弦)
d: ジャーマン
弦長は76センチ/100センチ以上、指板上80センチ以上のものも残されています。
18世紀のドイツのリュート奏者が通奏低音用に考案したもので、
ニ短調調弦の第1コースもしくは第1、2コースをオクターブ下げる、或いは省略するなどしたものだと考えられます。
また第1コースのみオクターブ低いGもしくはAのイングリッシュ・テオルボ調弦も(主にイタリア人によって)使われた可能性もあります。
ヴァイスもこのタイプの楽器を通奏低音に使っていたという記述が残されています。
バロック・リュートを弾く人が本気でドイツもののコンティヌオを演奏する場合にお勧めしたい楽器です。
E: マンド−ラ(マンドール/ガリコン)
18世紀のドイツ語圏で使われた6〜7コースのリュートの一種です。
現代のギターとよく似た調弦で、コンティヌオにも良く使用されました。
この楽器についてはいずれ詳しく取り上げたいと思います。
F: ギター(バロックギター)
5コース複弦のギター。17世紀ギターの標準弦長は68−72センチ。18世紀には63センチー66センチ。
ラスゲア−ドの音量は非常にあり、また音色にもヴァラエティ豊かであり、理想的なコンティヌオ楽器と言えます。
また、これまでにクラシックギターなどの経験のある方には、爪が使える、調弦がほぼ同じなどの理由から
取りくみやすい通奏低音楽器だと言えます。
バロックギターは音域が狭目で強い低音は持たないので、低音楽器とともに用いられるのがベターです。
バロックギターは全てのヨーロッパの国で1580年代から1800年頃までその基本的な形を変えずに用いられており、
リュートやテオルボ系の楽器よりも汎用性は高いとも言えます。
撥弦系の中でももっともパワフルな通奏低音楽器です。
専門家のアプローチ
上記すべての楽器をその都度様々な演奏会、レコーディングに使い分けることも出来ますが、
器用貧乏とならないためにも、プロ奏者のほとんどは実際は自分の得意な楽器を選んで使っているようです。
私の場合、主に使うのはイタリアン・テオルボ、バロックギター、アーチリュートの3本ですね。
ルネサンス・リュートは16世紀末ー17世紀前半の作品にしばしば用い、またツアー先などでアーチリュートの代わりに使用することもあります。
ジャ−マン・テオルボは読譜に慣れておらず、イングリッシュ・テオルボ(調弦)は時たま使います。
アーチリュートはコレッリやヘンデルなど18世紀の盛期バロック作品にしばしば使用しますが、
テオルボの方が音量的に有利で、イギリスの指揮者やソリストの多くはアーチリュートよりもテオルボを好む場合が多いので、
どうしてもテオルボを弾く機会が多いですね。
バロックギターはパワーがあり、ヴァラエティも作りやすく効果的なので非常に良く使います。
ちょっと乱暴ですが、私のコンティヌオ演奏の使用楽器の割合は次のような感じです。
他のプロ奏者もまあ似たようなものでしょうか。
バロックギター:30パーセント
イタリアン・テオルボ:30パーセント
アーチリュート:20パーセント
イングリッシュ・テオルボ:5パーセント
ルネサンス・リュート:15パーセント
竹内のコンティヌオ楽器
右から:アーチリュート、テオルボ、ギター、10コースリュート
ここ10年ほどのイギリスのプロ奏者の傾向として、アーチリュートとイングリッシュ・テオルボをそれほど使用しなくなってきた感があります。
10ー20年ほど前には、ほとんどの奏者がイタリアン・テオルボとアーチリュートを使い分けており、
加えてイングリッシュ・テオルボを製作注文するのがプロ奏者には一種トレンドのように行われたのですが、最近では下火(?)なようです。
おそらくイタリアン・テオルボ演奏のレベルが上がってきたので、それ以外の楽器の必要があまりなくなってきたのでしょう。
前述したようにアーチリュートは18世紀の作品を演奏するには小回りが利き、イングリッシュ・テオルボは♭系の調性の作品には向いています。
しかし、プロ奏者のようにツアーが多いと、大型のコンティヌオ楽器を複数持ち運ぶのは大変で、
また、大型のイタリアン・テオルボを使いこなすことが出来ればあえて楽器を持ち替えすることもない・・・ということなのでしょう。
これはバロック時代にも見られた現象で、ある意味ではオーセンティックとも言えます。
私自身、最近ではヘンデル、ヴィヴァルディ、パーセルなどにイタリアン・テオルボ(とギター)を使うことが多くなってきました・・・
ただしこれは、イタリアン・テオルボとギターが17,8世紀を通じて全ヨーロッパ的に使用されたコンティヌオ楽器であり、
音量的にも最も有利であるからこそ採れるアプローチです。
たとえば、ルネサンス・リュートや18世紀タイプのアーチリュートで全てのレパートリーに対応することは難しいでしょう。
本格的に通奏低音を弾く人へのお勧め
結論として、以下のような楽器の選択をお勧めします。
1:17世紀の全ての作品、およびオペラやオラトリオなど大規模作品をやりたい人はイタリアン・テオルボ(弦長80、155以上)
2:18世紀の室内楽をやりたい人は大型アーチリュート(弦長64,130以上)
3:1本で全て弾きたい人はバロックギター
4:パーセルなどイギリス音楽のみ弾く人はイングリッシュ・テオルボ
5:ニ短調調弦が命!の人が本格コンティヌオに参加する場合はジャーマン・テオルボ(弦長76以上)
6:番外弦にガットを張ることの出来る弦長の楽器を選ぶ(推奨弦長:テオルボ160センチ、アーチリュート140センチ)
そして、「品の良い音でよく鳴る(良く通る)」楽器を選びましょう。
リュート/ギターによる通奏低音は、たとえ2000人を超えるホールでオーケストラと共演しても、
楽器と奏法が適切なものである限り、聴衆にストレスや違和感なく聴こえるものです。
国際的に活躍するプロ・コンティヌオ奏者は皆、それはそれは楽器の選択に気を使い、同時にお金をかけています。
「聴こえない」(効果が上がらない)演奏は同時に仕事の依頼がなくなることを意味しますから、プロにとっては当然のことです。
同じモデルや弦長で製作しても、製作家により弾き心地や音量には天と地ほどの差があります。
ちなみに、イギリスでのプロ奏者に最も人気が高いコンティヌオ楽器製作家はクラウス・ヤコブセン、圧倒的なシェアの高さです。
付録:避けたほうが良いこと 老婆心ながら・・・大変よく遭遇する誤ったアプローチなので・・・
1:アーチリュートを指板上単弦で使うこと、、、歴史上あり得なかったセッティングです。
2:テオルボに巻き弦を張ること、、、巻き弦は使う場合でもせめて第5,6コースくらいにとどめておきましょう。
3:弦長の短いテオルボを「フレンチ」と呼び、A調弦を施すこと、、、せめて第2コースは高いオクターブに調弦しましょう。
2:通奏低音演奏の練習について
通奏低音とは、数字(figure)の付けられた低音声部を読んで和声なり旋律なりを即興的に弾く技法です。
講習会やメイルなどでも様々な質問を受けますが、実際にはバロックの和声の基本は決して難しいものではありません。
何よりも基礎をしっかりと勉強することが大切です。
トーマス・メイスは通奏低音においては「耳」「指」「判断力(良い趣味)」が肝要だと述べていますが、
とりあえずは「耳」と「指」それから「脳」を鍛えましょう!趣味の良さを云々するのはそれからです。
コンティヌを教えていて実にしばしば感じることですが、
基礎を持たないのに難しい曲を弾こうとしている人は少なくありません。
以下は本気でコンティヌオをやる気のある人に薦める最短最強の基礎勉強法です。
前準備!:楽典と初歩の和声を勉強する。
1:低音旋律を完全に読めるようにする。
ほとんどは低音譜表ですが、アルトやテナー記号も使用します。
まずは楽器を持たずにいろいろな曲の低音を固定ドで完全に歌えるようにしましょう。
ヘンデルの作品の低音やバッハの無伴奏チェロ組曲などを初見でも歌える様になるまで練習してください。
しばしば誤解されていることですが、歌えない音楽は楽器でも結局は弾くことはできません。
その音が何の音かを知らずに楽器で弾いてしまうことは、いわば英語をカタカナで追っているのと同じことです。
しかし、歌の練習をするのではないので、ここでは特に正しい音程で歌う必要はありません。
音を全て口で言えるようにすることが肝要です。
同時に自分の楽器で各調の音階練習を行っておくと良いでしょう。
その上で自分の楽器で低音パートを弾いてみてください。
楽譜が読めて音階が弾ければ、曲の低音を弾くのは容易であることに気づかれるでしょう。
2:数字のパターンを知る。
通奏低音の数字は、それぞれの楽曲特有のものというより、和声進行のパターンを示しています。
従っていくつかのパターンを覚えてしまえば良いのです。
代表的な和声と進行を次に挙げます。(譜例参照)
A: 基本的な数字 53 6 7 ♭ など
B: 終止の定型 左:属和音から主和音へ 右:下属和音から主和音へ
C: 各種のシ−クエンス 左から:7の連続、7−6の連続、 5−6の連続
D: レチタティーヴォの和音 642 と 742(平行ゴメン!)
E:ディミニッシュ(減7)の和音 ディミニッシュは低音が変わるだけで、実際には3種類しかありません。
ディミニッシュの数字にはいろいろな可能性があります。
まだいくつかありますが、上記を覚えるだけでかなりの曲を問題なく演奏することが出来ます。
数学の公式のようなもので、まずはその響きを覚えて、
異なった調性で以上の和音が弾けるようになれば良いのです。
以上の進行を出来るだけ沢山の調に移調して書き写し、練習してください。
そして、最下段の音階的な練習を出来るだけ沢山の調で行なってください。
最低でも、ハ長調、ニ長調、ヘ長調、ト長調、変ロ長調、イ短調、ニ短調、ホ短調、ト短調
ぐらいは必要です。
数字は上側が簡易なもの、下の数字はやや複雑なものです。両方で練習してください。
また、慣れてきたら少なくとも2種類のポジションで練習しましょう。
ここで大切なのは、必ず書き写して練習することです。
以上の和声進行の練習を毎日の糧とした人は、
数週間で自分の内部にバロックのハーモニック・グラマーが育ちつつあるのを感じることが出来るでしょう。
下は上の最下段の練習のヒントです。数字からこのような進行が導き出されることに気づいて下さい。
下はイ短調の場合です。ドミナント系の和音では導音が半音上げられることに注意してください。
3:作曲と即興の技法としての通奏低音
通奏低音を単純にバロック音楽の伴奏だと思っている人は多いでしょう。
音楽辞典にもそのように書かれているのがあります。
それは間違いではありませんが、実際には「通奏低音」とはバロック時代の作曲法および即興演奏の技法そのものです。
その意味で「通奏低音」とはバロック音楽の根幹をなすものだと言えます。
リズム、メロディ、ハーモニーが音楽の3要素だとはよく言われますが、
バロック時代の音楽家が作曲や即興を行う際に最重要なものとしたのは和声で、旋律やリズムではありませんでした。
彼らの作曲あるいは即興の方法は、まず和声とそれに伴う低音進行を決め、次に旋律と他の声部を考案するものでした。
つまり数字付き低音が彼らの音楽の拠り所であったのです。
和声が最重要というのは、現代のジャズ奏者がスタンダード曲のコード進行のみから様々なアドリブを紡ぎだすのと似ていますね。
全てのバロック音楽は上記の考え方で作曲されています。
バッハの「通奏低音を持たない作品集」(無伴奏ヴァイオリン・パルティータなど)にせよ、独立した低音パートは持たないだけで作曲の方法は数字付き低音が基になっています。
またバッハ自身「全ての音楽および通奏低音は、神を讃え、気分を一新するためのものである」と言っており、通奏低音を音楽の根幹を成すものと捉えていたことが伺われます。
またバッハは、他の作曲家の作品の低音パートを使って新たな曲を即興したと伝えられますが、これも通奏低音が音楽の基礎となっていることを示す興味深いエピソードです。
4:数字付き低音による即興の実習
それでは実習をしてみましょう。
次の譜例に自分で数字を付けて下さい。
解答はできるだけ先に見ないほうが自分のためですよ・・・
付きましたか?
もっとも基本的な進行は以下のようなものです。
もしくはちょっと凝ってみて
でも良いです。
これら以外の数字を振った人はよっぽどの達人か、もしくは調性感に欠ける人か、
または変わった人です・・・・
次に上の7−6の進行を使って即興してみましょう。
題材は何でもアリですが、ここではもっとも即興の容易なプレリュード・ノン・メジュレを作ってみましょう。
非常にわかりやすい例を以下に挙げます。
簡単すぎると思う人はもう一ひねりして、最初の低音Cに742を使ってみましょう。
次はこの進行を使った小プレリュードです。
いかがでしょう。
上は非常に簡素な例ですが、様々な進行を自分で設定して即興してみましょう。
大切なのはかならず自分の理解範囲内の和声進行を設定することです。
通奏低音課題
熱心な人のために課題を掲載します。
作品?をメイル添付で送っていただければ添削します
その1:次の進行に数字をつけて小品(プレリュード)を作ってみてください。
その2:次の進行に数字をつけてパッサカリアの変奏を作ってみてください。
いくつか例を挙げます。
ここでは旋律楽器と通奏低音の編成を想定しましたが、
鍵盤楽器、リュート、ギターなどのソロ版でも勿論OKです。
まず、もっとも簡易な進行。Bに6を使った例
これも典型的に7−6のシークセンスを使った例。
3小節目に6♯を使ってト長調に一時的に転調(もしくは強固にト長調を確立)した例。
2小節目に642の和音(つまりは1小節目と同じ和音)を使った例。
まだまだ可能性は無限にあります。
たとえたった一つでも良いので、出来た方はメイルにてお送りください。
その3:プレリュード・ノン・メジュレの分析
フランスのバロック音楽によく見られる「小節(拍)のない前奏曲」は、
和声感を鍛える非常に良い教材です。
下の例はコルベッタの弟子メダーユのギターのためのプレリュードです。
(1段目の複縦線から曲は始まります)
こういった作品の演奏には、作曲家が念頭においていた和声進行を感じることが何より大切です。
下の譜例のようにこの作品を分析してみましょう。
1段目はギターパートの5線表記
3段目は数字付き低音に還元した例、2段目は和声構成音です。
たとえば、〔A〕の部分は大きく捉えてドーラーソ♯ーラの低音およびその上の和音からなることが分かります。
では問題です!
〔B〕の部分の中段(和声構成音)、
〔C〕〔D〕の中段(和声構成音)と最下段(数字付き低音)を構成してみてください。
数字付き低音に還元したら、その数字に従って即興演奏してみましょう。
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