現代ギター誌連載 解題
「本音のバロックギター」

このページでは、スペースやその他の理由から、誌上では書けなかった事柄や
筆者の本音を取り上げていきます。
読者からの質問なども、有益なものはここで取り上げるつもりです。
まず現代ギター誌当該号を読まれてから、
「本当に本気」の方のみこのページをご覧下さい。

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2007年3月号(最終回)

いよいよ最終回!
みなさん、2年間お読みいただいて有り難うございました。

古楽器を弾かれる人は日本でも増えてきていますが、適正な情報源はまだまだ少ないように思います。
本連載がバロックギターに誠実に取り組まれる方への何らかの助けになったら、こんなに嬉しいことはありません。
ご質問などにはできるだけお答えしますので、どうぞ掲示板に書き込み、もしくはメイルにてお送りください。

また日本の講習会コンサートでも皆さんとお目にかかるのを楽しみにしています。

竹内太郎 ロンドン、2007



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2007年2月号


即興演奏についてですね。

バロック音楽を追求すればするほど、そのエッセンスは、適正な和声の理解にもとずく即興演奏にこそあるように思われます。
そして、ここで行ったようなプレリュードの分析は、バロック音楽をジェネラルに理解するのに大変有益です。

そのうち日本でもバロック和声分析のセミナーなどを行えれば・・・と思います。



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2007年1月号

「バロックギターで弾く通奏低音」を取り上げています。

「専門家の視点」でも書きましたが、「通奏低音」とは単なる伴奏法ではなく、
バロック時代の作曲と即興演奏の土台となるものです。

バロック音楽に限らないことですが、
良い演奏とは「その作品を自分が作曲できるくらい良く知っている」時に初めて可能となります。
バロック音楽においては特に和声的な理解が重要です。

ですので、たとえアンサンブルを一切行わずソロ作品しか弾かない人でも通奏低音を学びましょう。
自分の弾いているソロ曲に数字をつけて解析できるのはむしろ当たり前だと思ってください。

ある程度通奏低音の訓練を積んだ人間には、そうでない人の演奏が(いかに巧く弾いていても)
意味不明の、言ってみればカタカナ外国語に聴こえるようになります。コワイですね・・・

通奏低音の学習においては、ともすれば一種のパズルというか、
低音からの音程を数えてよくわからないながらも音を出す・・・という具合になりやすいのですが、
超初心者の場合はともかく、ある程度経験を積んだ人は指よりも耳を使いましょう。
指のみを使っていると、遠からぬうちに壁に当たります。
聴音などの訓練は、多くの場合、楽器上で和音の運指を必死で練習するよりも力になります。

添付譜はヴィヴァルディの「春」第1楽章から僕自身のリアリゼーションを掲載しました。

「春」のドラフト版
いつもは即興で弾いているので、楽譜に書くのは骨がおれました・・・
僕がヴァイオリンのナイジェル・ケネディと共演したCDとDVDが発売されています。




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2006年12月号

「バロックギターとアンサンブル」ですね。
バロックギターはソロ楽器としても一世を風靡しましたが、同時に偉大なアンサンブル楽器でもありました。
昨今では、バロックギターをアンサンブルに使っているのに接する機会も増え、嬉しい限りです。

しかし、まだまだ単なる効果楽器(ジャカジャカするだけの)として使われている例が多く、
バロックギターで様々なレトリックを表現できる奏者は少ないような気がします・・・

バロックギターは他のどのような楽器にも増して広い表現が可能な楽器です。
プンテアードでは様々な装飾的なパッセージが弾けます。
ラスゲアードの奏法には、ピアニッシモに使える「薔薇のように甘い」ものから、
3000人の大ホールに響く打楽器的なものまでいろいろあります。
単にアップダウンを繰り返すのではなく、レピコやトリッロなどバテンテ奏法も充分に研究しましょう。




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2006年11月号

「6コースギターとその音楽」です。
18世紀後半にスペイン、ポルトガル圏でのみ使用された6複弦のギターですが、
現在のクラシックギターの直接の先祖と言え、ギター音楽史を語る上で欠くことのできない楽器です。

私は、今年リリースされたCD「ギターを作った世紀」にソルの「グランソロ」およびフェランディエレの「小組曲」を
6コースギターを用いてレコーディングしました。
「グランソロ」の録音に当たっては、現在残されている最古の「カストロ版」を詳細に研究しました。
現代の編者、学者のうち、このエディションの貴重さを看破しているのは
ブライアン・ジェファリ氏ただ一人であるように見えるのは
不思議なばかりです・・・

それから・・・逆説的に聞こえるかも知れませんが、
バロックや古典派いやロマン派までの音楽におけるどのような「版」をも
「決定版」として聖典視(?)しないことも非常に重要です。

その時代、例外なく作曲家は即興演奏家でした。
かれらは公開演奏において楽譜を見ることはなく、
即興するのが当たり前であったのです。

彼らが即興したものを弟子や出版者が書き写したり、
または作曲家が当時の愛好家のためにわかりやすく書き下ろしたのが
現代に伝わっている「版」の殆どです。
その意味ではどのように校訂を重ねた「決定版」も
作曲家自身の演奏そのものとは異なっているのです・・・




2006年10月号

「イングリッシュギター」とその音楽を取り上げています。
9月号に続いて18世紀後半のレパートリーですね。


この18世紀後半は、音楽がバロックの次元の高さと、古典の直裁さ、
そして19世紀のロマンティシズムを併せ持つ興味深い時代です。

リュート/アーリーギター奏者にとって、イングリッシュギター作品は貴重なレパートリーとなりえます。
イングリッシュギターのための楽曲は一見簡素に見えますが、実際に音を出してみると非常に豊かな音楽として響きます。
バロックの撥弦楽器を演奏する人は、ともすれば鍵盤コンプレックスといいましょうか、
複雑な書法の作品が音楽的芸術的に高レベルと考えてしまいやすいのですが
イングリッシュギターはそういった蒙を払ってくれる貴重な楽器でもあります・・・


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2006年9月号

「五線譜による作品」

この時代のギター音楽はほとんど弾かれる機会がないのですが、
なかなかどうして品質の高い作品が書かれています。

本文では詳しくは取り上げませんでしたが、
特にヴァイオリン伴奏つきのギター・ソナタなどはもっと弾かれてもよいですね。
ソロの曲にヴァイオリン伴奏が付くのは、ギターに限ったことではなく、
当時の一種の流行で、ピアノやチェンバロのソナタにも多くの例があります。
モーツアルトもヴァイオリン伴奏付き鍵盤ソナタを作曲しています。



譜例6のル・モワーヌの歌曲のタイトルですが、
「私だけの秘密」とするとより雰囲気がでるかもしれません。
TVドラマの題みたいになってしまいますが・・・


エッセイ 「ギターの音高」
「・・・ギターはオーケストラピッチよりも全音から3度は低く調弦されるのが通常でした」
と書きましたが、要点は「標準ピッチ」に拘りすぎることなく自身のギターの音高を決めることです。

モダンギター奏法と音の感覚を古楽器に適用しているかぎり、
当然のことながら高い張力と高めのピッチを使いたくなるでしょう。

18−19世紀にも爪を用いて小指を表面板につけない奏法はありましたが、
モダンのギター奏法とは全く異なるものです。
言い換えると、モダンギター奏法を如何に変化させても、
古楽器本来の奏法にはなりません。

ですので、多少でも真面目に古楽器に取り組む人は
まずは当時の標準であった小指をつけて爪を使わない奏法を学ぶことを薦めます。
そして一応の結果を得てから、楽器のコンデションやピッチ、
テンションなどをもう一度再確認してみましょう。
きっと新たな発見があるはずです。

18世紀後半のギター2種
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2006年8月号
「舞曲について」 

訂正!
本文中の「舞曲のテンポ」において、ブーレのテンポを四分音符=160としたのは間違いでした。
正しくは「二分音符=160」になります。
また、添付譜「ムルシアのアキレスのブーレ」の解説においても、正しくは「二分音符=160」です。
お詫びして訂正します。


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本文でも触れましたが、ムルシアの[Resumen de Acompanar] は
当時の舞踏会用舞曲の集大成とも言える一大コレクション。
バロックの舞曲を実際の舞踏との関わりで研究するまたとない資料です。
是非入手しましょう!

このムルシアの編曲など当時のダンス曲のレパートリーについては、
私の論文が数編ありますので、ご参照ください。
「撥弦楽器におけるバロック期フランスのダンス曲TーV

(古典舞踏研究会会報「古典舞踏研究」第15号ー17号


数値で表された舞曲のテンポについては、
本文中で触れたクヴァンツ他、いくつかの文献に言及があります。
大変貴重な資料ですが、当然のことながら決して金科玉条にはできません。
時と場合、そしてもちろん音楽のスタイルによって、
テンポは自在に変化するものであることをまず肝に銘じておきましょう。
テンポを数値で表すことは、あくまでも初心者のための目安に行われたことだったのです。

また、舞曲を演奏する際に
「舞曲だから出来るだけテンポは一定に!」
とは、演奏者からも踊り手からもしばしば出る意見ですが、
これは実際にはナンセンスです。

たとえテンポが大幅に変化する演奏でも、
それが音楽的に行われている限り、優れた踊り手は合わせることが出来ます。
のみならず、音楽からインスピレーションを感じ踊りは変化し、
それは弾き手にも伝わって、音楽とダンスが限りなく変化に富みながらも
一体となる境地に達します。
(もしもそうでないのだったら、音楽とダンスが共演する意味はないのでは?)


古典舞踏を知るには、やっぱりまずは体を動かすのが一番です。
幸い日本でも各地で古典舞踏の講習会など行われているようですから、
皆さん是非体験してみてください!

でも注意点も1つ。
ダンスも楽器演奏や語学の習得と同じく、
ある程度でも理解するには時間も努力も必要です。

よく古典舞踏がらみの講習会を行うと、
みなさん割とすぐに
「メヌエットのステップがわかった」
「ガヴォットってやっぱりこうだったんだ!」
と仰っられ、それはそれで大変喜ばしいことなのですが、
まあ語学やギターのレッスンを一回受けたからといって、
その言葉が理解できたり、アルハンブラが弾ける様にはならないのと一緒で、
いわば一種の錯覚でありますから、
舞曲のテンポやステップについての固定観念を持つのも禁物ではあります・・・



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2006年7月号


この連載の悩みの1つなんですが、
添付譜モダン編曲の掲載ページが一応1ページなので、
全曲載せられない場合が時々あるんですね。
今回はその最たる例で、38のクプレのうち半分しか載せられませんでした・・・
ファンダンゴは繰り返されるにつれて盛り上がっていく舞曲なので、
今回の場合は、「さあ!そろそろいくか!」っていうところでコーダになっちゃいます。

でもオリジナル譜は毎回全曲載せますので、どうぞそちらを参照してください。
・・・っていうか古楽器講座でモダンギター編曲なんて載せなくて良いのにね、
日本でのレッスンで、この自分の編曲を使われるとちょっとドキッとします・・・

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2006年6月号

ええと、譜例1アルカデルトの作品ですが、
本文にも書いたように、
これはギター伴奏付きシャンソンのギターパートです。ソロではありません。
(・・・でも実際はル・ロワのギター歌曲はソロとして弾いても楽しめるものが多いのですが・・・)

いずれにしても歌パートを掲載しておきます。
弾き語りするとカッコいいですよ!
バロックギターでも高音側4コースのみを使うことにより
タブラチュはそのまま弾けます。
歌パートの音高にするには5フレットにカポタストですが、
歌パートのキイは実際の音高とは何の関係もありませんので、
演奏しやすい高さを選びましょう。


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2006年5月号

ル・コック氏が推奨するように、ガットに銀線を荒く巻いたオープンワウンド弦は
第5コースの低音に非常に良いですね。
惜しむらくは、良いオープンワウンド弦を製作できる人は世界でもまだまだ少なく、
安定した供給がなされないことでしょうか・・・
(でも品質を求めるなら、
ル・コック氏もしくはカスティリオン氏がやってたような自作は勧めません・・・
その時間があるのでしたら別の仕事でお金を稼いで、
専門家に大枚はたいてオーダーする方が結局は効率良さそうです。
この文献にもあるように、
「基となる最高品質のガット」の入手からして簡単ではないし・・・餅は餅屋?)

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2006年4月号

本気のバロックギター
ド・ヴィゼの演奏記号は、あらゆるバロックギター音楽のなかでもっとも複雑というか、
技巧の種類をよく網羅しているものです。
皆さんよく勉強してください。

ここでわりと最近気がついたことをひとつ。
日本での講習会などでバロックギターを教える際、
非常に多くの人(ほぼ100パーセント)が
ド・ヴィゼなどの作品(例えば今回の掲載曲:アルマンド)にでてくるラスゲアードを
親指で弾き下げているのです。

でも、ド・ヴィゼがわざわざ親指ダウンの記号を考案して曲中で指定しているように、
親指での弾き下げは柔らかい音をだす際に用いられる特殊効果なんですね。

ラスゲアードの基本はあくまで人差し指もしくは中指のダウンアップにあります。
「音が強すぎ汚くなる」という意見も聞いたことがありますが、
それはテクニックが正しくないか、楽器(弦?)が悪いかどちらです。
よく調整されてガット弦を張られたギター(i.e,弦高も張力もピッチも低め)を使い、
正しいテクニック(右手の基本位置はネックジョイント付近)で
「薔薇の様に甘い」音色を出せるようになりましょう。

・・・まあ結局はどの指を使おうが、
自分の音楽性にしたがって良い演奏ができればそれで良いのですが、
たまにはオリジナル教則本に取り組んで、
ド・ヴィゼ御大の言うことに謙虚に耳を傾けてみましょうよ。
ド・ヴィゼ氏がどのくらい上手だったかはわかりませんが、
少なくとも君や僕よりは巧かったと思うし・・・
(100倍ぐらいは?)

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2006年3月号


古楽器ギャラリー:5コース・バロック・ギター 1633
この楽器も修復中。出来上がりが大変楽しみです。
ただ悩みは当時の標準であった715ミリという弦長で・・・
つまり1630年代は基本的にアルファベート音楽しかなかったわけなので・・・

なお、本連載は今回で終了。
ちょっと残念なような、
でも、もう一年続けるには所有のオリジナル楽器が少し足りないような・・・
複雑な気持ちではあります。

いずれにしても今回の原稿と写真を基にした小冊子
「[Taro Collection]
みたいなものを企画していますからどうぞお楽しみに!

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2006年2月号

古楽器ギャラリー:マヌエル・マルティネス作 5コースギター
現在この楽器は修復中ですが、
近いうちに修復後の姿を発表できればと思っています。

本気のバロックギター「小節線のない楽譜」
非常によく思うことですが、我々日本人の演奏はきっちりとしたインテンポになりやすいですね。
かといってリズム感が良いというわけでもないし・・・
日本でアンサンブルの仕事とをすると、
周りがきっちりと拍とテンポをとることにいつも驚かされます・・・
ヨーロッパ人の演奏とのもっとも大きな違いのように感じます。
(日本に住んでいるとなかなか気がつかないんですけどね・・・)

それにしても・・・リハーサルを重ねてきっちり作り上げて、
それを本番でそのとおりにやるのがエライ!
という姿勢は苦手です。
なんか学生の発表会みたい、時間もかかるし・・・

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2006年1月号

古楽器ギャラリー
12月号に引き続いて象牙の楽器です。



本気のバロックギター
バロックギター音楽の真骨頂とも言える「ミックスタブラチュア」を取り上げます。
フレンチタブラチュアがたとえ読めなくても、ミックスタブラチュアは読めるようになりましょう!

『エッセイ:五線譜でかかれたギター音楽」
五線譜で書かれたバロック・ギター作品については2006年9月号で取り上げます。
乞御期待!



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2005年12月号

本気のバロックギター

譜例1のカプスベルガーの作品ですが、
「前奏曲」ではなくて「トッカータ」です・・・
お詫びして訂正します。

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2005年11月号

古楽器ギャラリー

古楽器ギャラリーの「モダンリュートシリーズ」の最終回、
あの!デイヴィッド・ホセ・ルビオのリュートです。
1970年作の非常に美しい楽器です。
ルビオは後年、歴史的リュートも製作していますが、
モダンリュートの方にむしろ良い作品が残されているように思えます・・・


「本気のバロックギター」
バロック音楽にとって「装飾」は「不可欠」ではありますが、「義務」ではありません・・・

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2005年10月号:古楽器ギャラリーとアルペジオ

「ハルランのモダンリュート」

「ナチスの協力者の様に言われているが・・・ハルランの業績は正当に評価されるべきである。」
と、書いて編集部に送った次の日に、
ツアーの飛行機上でドイツ映画[Downfall]を見ました。
ベルリン陥落時のヒトラーの最後の12日間を描いたものでしたが、
やはり複雑な気分になりました。
ハルランの場合はともかく、
Jewishのギタリストで、
今でも決してハウザー一家の楽器には手を触れないという友人がいます・・・

「譜例4」の訂正
下段の訂正です。いずれも校正時の手違いでおこったものです。
*3小節目の数字4は必ずしも必要でありません。
 むしろここは、B上の6の和音が僕には小節のあたまから聞こえます
*6小節目の頭に数字4が抜けています。
 つまり4−3♯の進行となり第5小節とシークエンスを作ります。

エッセイ「通奏低音」
通奏低音はあらゆるバロック/前期古典派音楽のベースでありキイワードです。
たとえ伴奏のない作品、たとえばバッハの「低音のない作品集」
(無伴奏ヴァイオリンソナタなど)の場合でも、ないのは低音伴奏部であって、
楽曲自体は通奏低音の規則に従って書かれているんですね。
リュートなど撥弦楽器のための通奏低音教本としては
[Nigel North: Continuo playing on lute , archlute and theorbo],
バロックギターのための歴史的教則本としては
[Nicola Matteis: False consonances of music]などがありますが、
もちろんそれ以前に、楽典や基本的な和声の知識と耳の訓練は必要です。
良く用いられる調
(ハ長調、ニ長調、ヘ長調、ト長調、イ長調、変ロ長調、イ短調、ロ短調、ニ短調、ホ短調、ト短調)
の3和音と各種の進行くらいは即座に弾けるようにしておきましょう。

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2005年9月号:古楽器ギャラリーと親指外側

「ハウザーのリュートギター」補足画像です。
まずはラベル。

ふうむ、Hermenn Hauser, Lautenmacher!
16-8世紀のジャーマン・リュート・メーカーに繋がるという、
ハウザーの誇りのようなものが伝わってくるラベルですね。

またこの楽器にはオリジナルと思われるケースが付いています。
 


「親指外側奏法」
親指外側奏法を教えていて思うこと感じること・・・
*あらゆるバロックの楽器はやはり外側で弾いた方が良い。
  音色や音量のためだけでなく音楽的にも。
*外側奏法と内側奏法を混ぜて練習すると手首を痛めやすい。気をつけましょう。
*親指外側奏法と現代のギター奏法はまったくの別物。せめて小指を表面板につけましょう。
*外側奏法が使える良いコピー楽器がとても少ない・・・
*ふう・・・・

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2005年8月号:ラスゲアードの技法

「ミンゲイのフォリアス」
この曲に使われているラスゲアードは大変面白く、また効果的ですが、
ここでちょっと補足をしておきます。
わかりやすくするために、GG本文では、記号のついていないアップを
「人差し指もしくは中指」と書いていますが、
実はミンゲイのテクストによると、アップはすべて親指なんですね。
そして、♪のしっぽが点線となっているものは、「親指のバテンテ」
つまり表面板に強く打ち当てる奏法だと解釈されます。
是非やってみてください!

「民衆的なバロックギター?」
実際、バロックギターのレパートリーの広さにはいつも驚かされます・・・
特に後期のコルベッタおよびその周辺のレパートリーには、
現代のどんな演奏家もいまだ実現不可能といっても良い楽曲が数多く残されています。
その和声たるや、バッハや思い切って言うとラベルのそれと比べられるほどで、
そういった曲を弾いてみると、現代のプロ奏者の通常のレパートリーがまるで児戯に感じられるほどですが・・・

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2005年6月号:調弦と弦の選択


「低音弦の選択」

現在ではバロックギターや各種のリュートのために、
各種の低音用ガット弦が(再)開発されて用いられています。
次は入手しやすいタイプのガット弦の画像です。(見やすくするために、画像の色を多少濃くしています)

左から、オープンワウンド(バトフ氏作)、キャットライン/ロープドガット(アクイラ)、プレインガット(NRI)
(本文でも言及したローデッドガットはアクイラから発売していましたが、
現在では一般向きの販売は中止しているようです)
プレインーキャットラインーオープンワウンドの順に比重が上がります。
こういうタイプのしかも高品質の弦が手軽に手に入るようになるなんて、いやー、いい時代になりました・・・

しかし!
ここで声を大にして言いたいは
バロック時代までのあらゆるギター/リュート属の楽器は、プレインガットで全弦を張ることが可能で、
音色的/音楽的には、それを理想とする
・・・ということでしょうか。
ただ、弦があまりに太いと、楽器の調整が難しくなり、また奏者にとっても扱いにくいので、
ガットの持っている特性を殺さない程度で、比重の高い弦が考案されたのですね。

現代のギターの低音弦に用いられるタイプの巻弦(クローズワウンド)は、おそらく17世紀の末には開発されていましたが、
結局、当時のギター/リュート奏者には約100年の間、受け入れられませんでした。
それは、巻き弦に特有の反応の悪さ、不必要な余韻の長さ、他の弦とブレンドしない大きな音量、などが、
彼らの音楽や楽器にマッチしなかったからでしょう。

バロックギターの場合は、第4コースは通常のガット弦で充分良いですが、
第5コースにもプレインガットを是非試してみましょう。
ゲージは1.25ミリー1.3ミリ程度でしょうか。
ある程度の品質のものなら、フレットガットやハープ用のガットでもOKです。
不必要な余韻がなくなり、楽器がより喋る(speak)する様になることに驚くかもしれません。
いや実際、音楽的/音色的にはこれで充分・・・というかベストです。
コルベッタもサンスもフォスカリーニも、このような音を知っていたに違いありません。

ただ、弦が太いので装飾音などちょっと弾きにくいかもしれません。
まあこれも慣れですが、弾きやすさを考えるならキャットラインかオープンワウンドになりますね。

その場合は、できるだけ生ガットの音色/音量に近いものを選びましょう。
オープンワウンドは、高精度のガット弦のコアに細い銀か真鍮、銅などを巻いたものが良いですね。
くれぐれも「鳴り過ぎない」弦を選びましょう。
私自身は英国の個人製作家に特注していますが、一般向けにはアメリカのガムウト社の弦を薦めます。

これらの低音用ガット弦は非常に長持ち、優に数年・・・もしかすると10年以上は持ちます。
初期費用は多少かかりますが、コスト・パフォーマンスは非常に高いです。
まず切れることはなく、音程も、もともとの余韻が短いため、
問題になるほど合わなくなることは、まあありません・・・


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2005年5月号:姿勢、楽器の保持、インターネットの情報


「姿勢と保持」
どのような方法をとるにしても、左手が楽器をささえることなく自由に動かすことができることが大切です。
足を組んでいたり、ストラップを使用している場合、当人は自覚してなくともしらすしらずのうちに
左手でネックをつかんでいることが非常によく見られます。
そのような姿勢では、シンプルな曲はともかく、高度な作品を演奏するのは難しくなり、
体に負担がかかり、腱鞘炎の原因ともなりかねません・・・
耳の訓練と同様に、姿勢も自分ひとりで探求するのは難しいものです。
(正直な話、独学の人で良い姿勢の人は稀です)
出来れば早いうちに専門家の示唆を受けるようにしましょう。
姿勢が良くなって、いきなり上達することもよくあります。
またいわゆる「大家」、「大御所」の演奏家の姿勢を
(無反省に鵜呑みにして)真似るのも実はあまり感心しません。
あのような人たちは、いずれにしても天才なのですからいわば例外、
どんな姿勢をとってもうまく弾けるものなのです。
我々?凡人は少しでも自分に有利で有効な方法をとらねばなりません・・・


「インターネット」
・・・だけに限らず、すべての情報は責任のある編者/著者によるものを選びましょう。
現状では、古い音楽に関するネット上の情報の多くには、
その責任の所在が明らかでないものがよく見られます。
そしてその内容の多くは、知識不足が露わで、
幾つかの掲示版などはまさに小田原評定以外のなにものでもありません・・・

また、たとえその情報自体が正しかったとしても、音楽の演奏や楽器の質、状態、音などは、
それぞれの耳や音楽性によってのみ理解されるものであるため、
情報に誤りがなくとも、それを得たことによる結果が高度なものになるとは限りません。

たとえば、知識として
「通奏低音の7の和音は不協和音であり、減7の和音は短3度の積み重ねであり、
機能としては根音省略のドミナントである場合が多い」
ことを知っていたとしても、
実際の楽曲中の減7和音を耳で即座に判別できなければ、
知らないのとあまり変わりはありません。
自分が喋ることの出来ない外国語を聞いて、その内容を分かったつもりになっているようなものです・・・

要するに、基本的な素養と修行で得られる鋭敏な感覚は、情報からは得ることが出来ません。
そしてその鋭敏な感覚こそが音楽にかかわる人間にもっとも必要なものなのですね。
プロアマを問わず、独りよがりにならずに高いレベルを目指すのは大切です。



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2005年4月号
:前口上と楽器の入手、ムルシアの「前奏曲」


「本気」
この連載では、真摯に17,8世紀のギターの芸術に
少しでも近づきたいという人の助けになればと願っています。
余技の人も本気の人も、この連載を読む前提として、
タイラー/スパークスの本は入手してください。
James Tyler/Paul Sparks: THE GUITAR AND ITS MUSIC
持っているだけでは駄目ですよ。読みましょう!
大抵の基本的な情報はこの本から得られる筈です。


「楽器の入手」
最初から良い楽器を使うことを薦めます。

「・・・初心者のうちから良い楽器を持つべきである。
良い楽器はその姿と音で、弾く喜びと学ぶ勇気を与えてくれる。
悪い楽器は学ぶものの魂を押さえつけてしまう・・・」(トーマス・ロビンソン 1603)

「初心者も良い楽器を持つべきである。悪い楽器は学習者の意欲を失わせ、
ついには楽器から離れさせてしまうのである。」(トーマス・メイス 1676)

良い楽器を使うと上達は速く、
良くない楽器では、ギター本来の音や技法を知ることは困難です。
バロックギターに精通する製作家の数はまだ少なく、
クラシックギターのように製作上のコンセプトが確立しているとは言い難いので、
それだけ注意して、信頼できる楽器を入手することが重要です。
バロックギターの音楽は、非常にレベルが高く素晴らしいものです。
音楽に興味を持っている限り、良い楽器への投資は無駄にならず、
確かな成果となって戻ってきます。


「良い楽器」
良くない楽器でも、強く弾けばそれなりの大きな音で鳴ります。
しかし、本当の意味で「良く鳴る」楽器では、
リラックスして弾いた場合でも、品格のある音で、
流れる様に音楽をつむぎ出すことが出来るものです。
また、一見「良く鳴る」楽器でも、、
細かいパッセージの演奏が難しい場合がよくあります。
音楽するために奏者が格闘しなければならない楽器は、
一見「良く鳴る」ようでも、実際は「悪い」楽器で、
「音楽がし易い」楽器が真に良い楽器です。
また、本当の鳴りとは、ある程度の広さ以上の空間と
良い音響のもとで試さないと判断が難しい事も知っておきましょう。


ムルシアの「前奏曲」
原典タブラチュアにせよ、僕のモダンギター用編曲にせよ、
音楽の骨格しか書かれていません。
この楽譜を基にして、即興的に処理することが必要です。
ここで言う「即興的な処理」とは、
必ずしも分割や装飾を行なわなければならないという意味ではありません。
楽譜をテクストとして読んで理解し、演奏においては自分自身の声と言葉で語るという意味です。

ここで必要となるのは個人の音楽的素養です。
バロック時代の愛好家の音楽的素養は非常に高いものでした。
したがって、当時の曲もそれを前提として書かれています。
どんな楽曲でも、その曲を自分で作曲できるくらいの音楽的素養がないと、
曲を本当に理解して演奏することは困難です。

例えば、このムルシアの前奏曲において、
僕が解説にて指摘している「7度の和声」を弾いてみてもぴんとこない人、
これまで、和声の勉強や、聴音、ソルフェージュなどの訓練をしていない人、
悪いことは言いません、
ギターをひとまずケースに仕舞って、音楽教室のレッスンを受けに行きましょう!
理論の独習は可能ですが、耳の訓練は指導者なしにはほとんど不可能です。

内容を理解しないで指だけの練習をするよりも、音楽の基礎力をつけるほうが何倍も有益です。
一見、無味乾燥に見える音楽理論は、楽曲の理解を大きく助け、
聴音などの訓練は、音楽を聴く耳の精度を飛躍的に向上させます。

基本的な耳の訓練や理論の学習を積んで、またいずれはバロックの作曲技法を知って、
初めて、良い演奏への「可能性」が出てきます。
そしてそういった訓練/勉強は、演奏のみならず鑑賞にも不可欠なものなのです。
耳の訓練も勉強も、最終的な「音楽性」を保証するものではありませんが、
それらなしには音楽自体が成り立ちません・・・

僕自身は、日本の音楽大学には行かなかったのですが、
大学時代、夜間に音楽専門学校に通って作曲や和声学を勉強しました。
それは今考えても大変貴重な経験で、学んだことは自分の財産になっています。

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