イングリッシュギターの世界:歴史、楽器、レパートリー、奏法

イングリッシュギターは18世紀後半に英国を中心に大流行した指弾きのシターンです。
この頃には英国ではリュートとバロックギター(スパニッシュギター)はあまり盛んではなく、
ギターと言えばこのタイプの楽器を指していました。
18世紀後半の数十年間にのみ用いられた楽器ですが、レパートリーは非常に広く、
容易な単旋律による民謡や舞曲から、高度なソナタ、ファンタジー、アンサンブル曲など、大変多岐にわたります。
また、ジェミニアーニ、クリスチャン・バッハ、シュトラウベなど大作曲家による作品も多く残され、
当時、大流行した「乞食オペラ」などもこの楽器のために編曲され出版されています。
18世紀後半はリュート/ギターのレパートリーにはさびしいものがありますが、
イングリッシュギターはそのリンクを豊かな音とレパートリーで埋めてくれます。

私自身、この楽器には非常に魅了され学生時代から研究を続けており、
レクチャーコンサートなども多く行い、CDも2枚録音しています。
参考:竹内の演奏ヴィデオ
https://www.youtube.com/watch?v=N4HxtTR49Js

以下は2018年10月に私のワークショップで行ったレクチャー「イングリッシュギター:歴史、楽器、楽曲、奏法」を抜粋、再構成したものです。
皆様のお役に立てば幸いです。

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起源
イングリッシュギターはシターンの仲間。
17
世紀にイギリスで用いられた指弾きのシターン、ドイツの民族シターン、
キリスト教のモラヴィア派が礼拝に使用したモラヴィアン・シターンを土台として、
1750年頃にドイツ系イギリス人ヒンツによりロンドンで発明された。


初期の楽器3本。左から:リーサム作1756年、ヒンツ作1757年、ホフマン作1758年。


楽器
金属弦6/7コース、弦長は42/47/52センチ。
胴体の形にはフラットバック/ラウンドバックなどのヴァラエティがある。


最もよく見る仕様:6コース、弦長42センチ、機械式糸巻き、フラットバック。


日本の浜松市楽器博物館では良質のイングリッシュギターを見ることができる。


調弦
長調のオープンコードに調弦される。楽器の大きさなどにより音高は様々。


名称
18世紀にはギター、セトラ、チタラ、イングリッシュ・ギターなどと呼ばれたが、
現在の学術論文などでは'English guittar'が一般的である。


レパートリー
レパートリーは非常に広い。演奏技巧は平易で初心者でもすぐに楽しめるものが多い。
当時流行した旋律や舞曲、歌曲の他、バッハの弟子のリュート奏者シュトラウベのソナタやファンタジア、
ジェミニアーニの組曲、バッハの息子クリスチャンのソナタなどがある。またアンサンブルの形態も様々。



etc.

教則本
1750年台から多くの教本が出版されている。最後の教本出版は1805年。
代表的な教本としては次の3冊が挙げられる。
Robert Bremner, Instructions for the Guittar (Edinburgh, 1758),
Ann Ford, Lesson and Instructions for Playing on the Guitar (London, 1761)
John Preston, Complete Instruction for the Guitar
(London, c.1770). 

ブレンナーは初期、プレストンは中期の総合教本であり、他の教本もこれらのコピーが多い。
アン・フォードの教本は中級者以上を対象としており、姿勢や指の使い方はもとより
装飾音や音色の使い分けなど音楽的な内容に多く言及している。


楽器の構え方


右手
爪は使わない。小指を表面板に付けることは推奨されている(必ずではない)。
図像ではサムアウトサイドとインサイドどちらも観察される。


左手
ポジションには2種類ある:
1:親指と人差し指の付け根でネックを挟む(6コースリュートなどと同様)
2:親指の上にネックを置く(現代のクラシックギターと同様)
1は初心者にも容易、張りの強い金属弦でも押さえやすい。2は難しい運指にも対応する。


イングリッシュギターの終焉
18世紀末から徐々に流行から外れる。
イングリッシュギターの調弦はそのままに弦をガットに置き換えた(モダン)リュート、ハープギターなどが出現する。


ハープギターの流れを引くアポロリラ、ハープリュートなどもイングリッシュギターの子孫と言える。
また6弦スパニッシュギターにもイングリッシュギターの調弦が施されることがあった。


イングリッシュギターは18世紀の終わりにポルトガルに渡り、ポルトガルギターの先祖となった。

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Appendixその1: 弦について 
当時の資料からは以下のような弦が一般的に使われていたことがわかる。
第1コース:焼きの入っていない柔らかな鉄(ソフトアイロン)弦:ゲージ0.23ミリ
第2コース:同上、ゲージ0.27ミリ                        
第3コース:真鍮弦:ゲージ0.36ミリ
第4〜6弦:ソフトアイロンの芯に銀メッキを施した銅線を巻いた巻き弦。芯は絹あるいはガットの可能性もある。
尚、ゲージと張力はピッチや奏者の好みによりヴァラエティがあったであろうと思われる。


ソフトアイロンおよびブラス弦は現在ではチェンバロ用として入手でき、巻き弦はクラヴィコード用が利用できる。


18世紀仕様のソフトアイロンとブラスは指にやさしく、音色も柔らかい。
現代のエレクトリックギター用のスチール弦、巻き弦なども使用出来るが、
それらの弦には焼きが入っており弾き心地と音色はやや固い。

尚、当時のイギリスのピッチはA=410〜435あたりであったと推察される。


Appendixその2:参考文献

Panagiotis Poulopolos, The Guitar in the British Isle
イングリッシュギターに関する博士論文。現時点で最も包括的な研究。
https://www.era.lib.ed.ac.uk/handle/1842/5776 

Peter Holman, Life after Death: The Viola da Gamba in Britain from Purcell to Dolmetch
ヴィオラ・ダ・ガンバの研究書。イングリッシュギターについても詳しい。
https://www.amazon.com/Life-After-Death-Dolmetsch-1600-1900/dp/1843838206
 
Phillip Coggin, 'This Easy and Agreable Instrument': A History of the English Guittar
オクスフォード大学出版のジャーナルEarly Musicに載ったイングリッシュギターに関する初の学術論文。
https://www.jstor.org/stable/3127482 

Taro Takeuchi, 'Rediscoering the Regency lute'
やはりEarly Musicに掲載の私の論文。「ガット弦のイングリッシュギター」リージェンシーリュートについての論考。
https://academic.oup.com/em/article/46/1/17/4947209

 
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