竹内太郎著「古楽器を弾こう」(ルネサンスリュート教則本)への補遺

この度、上記教則本の内容に多少の追加を行ないました。

「親指外側奏法について」「新発見のヴィウエラ」の2つですが、
古い版をお持ちの方は、以下の文章を追加していただければと思います。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Appendix 1 : 親指外側奏法について
(第2章「タブラチュアと単音の練習」と第3章「ディヴィジョンおよび低音の練習」の間に挿入してください)

初めに

月日の経つのは速いもので、この「古楽器を弾こう」を書いてから、8年が経ちました。

その間に、私自身は親指外側奏法をルネサンスリュートでも用いるようになりました。
理由は、同一奏者による奏法の切り替えに限界を感じたことです。
両方ともいまいちであるよりは、どちらかにパーフェクトであろうと思いました。

親指外側奏法は、16世紀から用いられており、1600年以降は全ての撥弦楽器で主流となっていました。
逆に言えば、内側奏法は16世紀の音楽にのみ有効な奏法であり、
しかもスペインのヴィウエラ音楽は外側奏法によっていたと思われます。

どちらを選択するべきかは、自分にとっては明らかでありました。

ちょうど、同じ頃に、私の師ナイジェル・ノースが奏法の切り替えに成功し、
サム・アウトサイド奏法を用いてダウランドの名盤を作ったことが良い刺激になりました。
私も一生懸命練習して、ルネサンスリュートにおける親指外側奏法に可能性が見え出したのは、
練習をはじめて1年が過ぎた頃でした。

ちょうど、ロンドンのグローブ座の為に、モーリーのブロークンコンソートのCDを製作することになり、
そのリュート・パートを全て親指外側奏法を用いて録音できたのは、自分にとって大切な経験になりました。


親指外側奏法の実際

1:ポジション
まず、右手のこぶしをぎゅっと握ってください。そして力を抜いて手をリラックスさせて開きます。
その形で、小指をブリッジとサウンドホールの間にそっと置きます。
小指は力を入れて伸ばしてはいけません。あくまでリラックスさせた形で右手を柔らかく固定します。

右腕は肘もしくは肘よりも数センチの場所をリュートの側板の上において支えます。
ここも力を入れて押さえつけないように気をつけて!
手首は、クラシックギター奏法に見られる様に、極端に曲げることはないと考えてください。
肘からなだらかな曲線が続きます。

2:弾弦
それでは、実際に弦をはじいてみましょう。
先ほどの右手の形をとります。こぶしを握って、開いてリラックスさせて小指を表面板につけます。
そうして、親指を軽く第5コースの上にのせます。

中指で第1コースを弾きましょう。くれぐれも指先だけで引っかこうとせずに、指の付け根の関節から指を動かしてください。
弾弦の方向は肘に向かってです。指を動かしている腕の中の腱が動くのを感じてください。
速い動きで指先や爪で弦を引っかけようとするのではありません。

親指内側奏法においては、右手の腕、手首、指などを全てある程度は用いて弾弦するのが原則ですが、
親指外側奏法では、指の付け根からの動きが最も大切です。
注意点は、手首や腕全体を動かさないことです。
リュートを弾くという作業は、指先で何ミリという精度が要求される世界です。
親指外側奏法を用いる場合、運動範囲が広い手首や腕の動きを用いてしまうと、
危なっかしい弾弦テクニックから脱することが出来なくなってしまうのです。

といっても、くれぐれも腕や手首はリラックスさせておくこともお忘れなく!小指も!

指先の弦にあたる箇所は様々です。
これまでは親指内側奏法で弾いていた人は、まずは小指側の指頭から始めて、少しづつ指の中ほどに移行していきましょう。
私自身は現在は指頭の真ん中から親指側にかけての場所で弾弦しています。

なるべく指を浅く弦にかけるのがコツです。ガット弦を使っていると有利です。
また爪は短く切りそろえておくことを勧めます。
クラシックギターを弾いている人で、爪を切れないという人も、
リュートのタッチを学ぶ数週間だけは爪を切ってみましょう。

上手にはじかれた弦は、それほど大きな音ではなくとも、楽器の裏板にまで届くような発音をするものです。
綺麗な音には、他のコースの弦たちも大喜びで共鳴します。
何度も何度もゆっくりゆっくり繰り返して、良い音を見つけてください。
この作業にどれくらい集中できるかが、あなたの一生の音色を決めます。

ここで、非常に重要なポイントをお教えしましょう。(ホントは公開したくないのですが・・・)

「撥弦楽器は、指が弦から離れた瞬間に発音する」です。

あたりまえに聞こえるかもしれませんが、ちょっと考えてみましょう。
指が弦に触れる、もしくは打った瞬間に音が出るように錯覚していませんか?
指が弦に当たった瞬間は多少の打撃音はでるかもしれませんが、基本的に無音です。
その後、弦が指からリリースされる瞬間に音が出るのです。

良い音を出す秘訣は、リリースの瞬間をいかにコントロール出来るかにあります。
理屈がわかれば、練習はそう難しいものではありません。
指を充分にリラックスさせ、ゆっくりと弦をはじいてみましょう。
弦が指から離れる瞬間を意識してください。
いかがでしょう?

良い音になってきたと思ったら、やはり中指で第2コースを弾いてみましょう。
第2コース以下は複弦であるため、第1コースより気を使いますが、原則は同様です。
複弦を無理に均等に鳴らそうとする必要はありません。
第3コースにもトライしてみましょう。

今度は中指と人差し指の交互運動です。
親指外側奏法では、通常、中指が強拍、人差し指が弱拍を担当します。
太くて長い中指が人差し指よりも豊かな音を鳴らす筈です。第1コースから交互に弾く練習をしてみましょう。

3:親指
次は親指です。親指で第6コースをはじいてみましょう。
親指も同様に、指の付け根の関節を使います。くれぐれも手首や腕全体を下げてはじかないように!
腕や手首を緊張させてはなりませんが、用いるのは付け根の関節です!
親指は可能な限りアポヤンド奏法を用います。
第6コースを弾いた親指を軽く第5コースに乗せるつもりで弾いてください。
力が抜けていると意識しなくとも容易に出来る筈です。親指のアポヤンドは、つい力みやすいので気をつけましょう。

4:フィゲタ
親指外側奏法においても、親指と人差し指の交互運動−いわゆるフィゲタは存在します。
フィゲタの場合は、手首や腕の助けを借りることがベターな結果を生むことはありますが、
それでも、指先の動きが小さい方が明確な発音には有利です。
なるべく小さな動きで指の付け根の関節を使って弾弦してください。


親指外側奏法の利点

親指外側奏法を用いると、内側奏法に比べて輪郭のはっきりした、
倍音を多く含んだ音色になりやすく、演奏会場などでも良く通る音が得られます。
また、その分、楽器に張る弦のテンションは低めにすることが可能です。

ガット弦の使用、ブリッジ近くの弾弦、そしてサム・アウトサイド奏法、
これらは17−18世紀の撥弦楽器演奏における三大柱と言え、
我々、現代の人間が当時のリュートの芸術に近づくのに、もっとも必要なポイントと言えるのかもしれません。


*右手のタッチに関しては「古楽器スターターのページ」もご参照下さい。

......................................................................
Appendix 2 : 新発見のヴィウエラ
(第8章「ヴィウエラとその音楽」に追加してください)


1996年に、パリのCiti de la Musiqueの音楽博物館(旧パリ音楽院楽器博物館)の地下室にて、
16世紀末に製作されたと思われるヴィウエラ・ダ・マノが発見されました。
発見以降、楽器のオーセンティシティにおける様々な論議がなされましたが、
現在ではほぼ確実に真正のヴィウエラだと認められています。
パリの博物館からは詳細な研究書も出版されました。

この楽器にラベルやブランドはありませんが、その構造やクラフツマンシップから、
16世紀末にポルトガルのリスボンで活躍したディアス工房の作だと思われます。
他にディアス作の楽器としては、ロンドンの王立音楽院(RCM)にある小型の楽器(後述)と
故ロバート・スペンサーのコレクションにあった5コースギターが知られています。

この新発見のヴィウエラの特徴として、裏板が独特のつくり・・・ダブルベントと呼ばれる構造をとっていることが挙げられます。
RCM所蔵のディアスの楽器も同様の構造を持っており、ごく最近までその製作方法は謎とされ、
コピーの製作は不可能とまで言われていました。

しかし、パリのヴィウエラの発見以降、製作家による研究が進み、
現在では何人ものメーカーがこの構造によるヴィウエラを発表しています。
私も数人の製作家によるコピーを試奏しましたが、いずれも独特のレガートで立体的な響きを持っており、
大変優れた設計の様に思います。

パリのヴィウエラの発見を契機として、RCMのディアスの楽器も再研究の対象となりましたが、
興味深いことに、これまで小型の5コースギター(キタリーリャ)だとされていたこの楽器は、
実はヴィウエラではないかという説が出てきています。
確かにペグ穴の数は11個と数えることができ、単弦の1コース、プラス5コース複弦
を持つ6コースの楽器という説は大変説得力があります。

しかし、また、ディアスは16世紀の末にリスボンで活躍したメーカーであり、
ヴィウエラ音楽の最盛期である16世紀半ばのスペインの楽器とは、
様々な点で異なっているのではないかという疑問も最もなことです。

ともあれ、これからも様々な発見や新たな研究が行なわれ、
喪われた芸術であるヴィウエラ音楽の復興が盛んになっていくことでしょう。

 
 

パリのヴィウエラの背面(イギリスのバトフ氏によるコピー) 


「ゆずもと」に戻る          トップに戻る                        メイル