ライン

日記

エッセイ風日記です。
(読み込みに時間がかかる場合があります。少々お待ち下さい)

ポーランド日記
(ナイジェル・
ケネディ/ポーランド室内管弦楽団とのリハーサル日記
:2003年11月3日ー11月6日はここをクリック

ドイツ日記
(ナイジェル・ケネディ/ベルリンフィルとのドイツ演奏旅行記
:2003年9月27日ー10月21日)はここをクリック


2017年7月17日

現代ギター誌「7月号」の拙稿「ジェイン・オースティン時代のギター音楽」の注釈です。
誌面の都合でカットされていますが、ここに補遺として載せておきますので、参考にしてください。






2017年7月15日


6月にフュッセンのリュートフェスティヴァルに参加した際、リュート奏者アンソニー・ベイルズと会った。
彼とは面識はあったが、親しく話をするのは今回が初めて。
学生時代から憧れのリュート奏者だったので、大変嬉しかった。

彼は70年台から活躍、ソロ録音などは決して多くない(12枚)が、
いずれも内容や使用楽器など時間をかけて考え抜かれたものばかりだ。

その後、7月にバーゼルに行く機会があり、トニー・ベイルズの自宅を訪ねた。
彼の所有するオリジナル楽器を拝見し、様々なお話も伺った。
いずれ日本の音楽誌にインタビュー記事が載ると思うが、ここに覚え書き程度に書いておきたい。

竹内(以下T):先日のフュッセンのリュート・フェスティヴァルであなたの素晴らしいバッハの演奏
BVW1003:原曲は無伴奏ヴァイオリン作品)を聴きましたが、バッハの録音はいかがですか?

ベイルズ氏(以下B):予定はありません。正直言ってバッハの作品はリュート的とは思えませんし・・・
1980年台にバッハのリュートでの録音が流行った際にレコード会社からオファーもありましたが、断りました。
リュートの本当の良さを提供できない気がしたので。


T:録音には1618世紀に作られた古いリュートも使っていますね。

B:オリジナル楽器は数本所有しており、録音はできるだけそれらで行なってきました。
こういった古い楽器は自分が所有しているのではなく、文化財として一時預かっているだけだと思っています。

お金を惜しまずに良い楽器を持つことは本当に必要だと思います。
良い楽器は良い音楽にダイレクトにつながりますからね。
僕はこれまで
50本以上の楽器を入手したと思うけど、安かろう悪かろうの楽器を買ったことは一度もありません。

16世紀に作られ、17世紀に改修されたオリジナルリュートを弾くベイルズ氏

T:これからの計画について教えてください。

B:二つほど論文を書きたいと思っています。ひとつは「フレンチ・リュートについて」
17世紀フランスのリュート音楽には昔からたいそう興味を持っていますが、僕が始めた70年台には理解者はほとんどおらず、
「あんなものは面白くない」との評価がリュート関係者においてすら一般的でした。だいぶマシになってきましたね(笑)。

もう一つは「オリジナル・リュートの音色の秘密について」:僕らが知っているように古い楽器と現代のコピーは全然違う鳴り方をします。
古い楽器の鳴り方はピュアな上、音色は非常にカラフルです。
それが故に
1619世紀のリュート/ギター奏者は古い楽器を珍重し、探し出して改修して弾いていたのです。
現代の奏者、製作家、聴衆もこれら古い楽器の音色の良さを理解し、それに倣って欲しいと切実に思います。

T:確かに古い楽器とコピー楽器は全然違う鳴り方ですよね。

B:そうなのです。だから、僕はオリジナル・リュートをみんなに弾いてみせて
「ほら!ホントはこの音だよ」と言いたいのです。でもそれは大抵の場合、反撥されますけど。


T:現代の奏者や製作家は「自分たちの楽器のどこが悪い!」という反応になりがちですね。
オリジナルの楽器の鳴り方は、全ての作り手と弾き手が先入観を廃して謙虚に学ぶべきだと思うのですが。
昨今ではコピーしか知らない「専門家」も居ますよね。


B:僕のオリジナル楽器を使ったCDの批評に「演奏は素晴らしいが楽器が良くない」と書かれたことがありました。
その批評家はオリジナルのリュートの音などそれまでにほとんど聞いたことがなかった筈なのに・・・驚きました。


T:よくあることです。現代のコピー楽器の音が本来の音だと勘違いしてしまったのですね。

B:多くの人に古い本当のリュートの音を知って欲しいものです。

T:最後に若い音楽家、楽器製作家、愛好家にアドヴァイスを。

B:何よりも多くの経験をすることです。多くの本を読み、多くの人と話をし、多くの音を聴くことです。
たとえ自分と立場や意見が違っても、かならずそこには有益なことがあります。それはあなたを成長させます。
僕はこの年になってもそれを感じますね(笑)

ベイルズ氏の所有する18世紀のオリジナルギターを弾く竹内

2017年5月29日

今年はイギリスの女流作家ジェイン・オースティン没後200年に当たる。


代表作は「ノースアンガーアビー」「説き伏せられて」「分別と多感」など。

熱心な音楽愛好家であったオースティンの作品には音楽や舞踏会の記述も多い。
オースティン家の音楽帖も伝えられいる。

ジェイン・オースティンは毎朝早く起きてピアノを数時間弾き、楽譜を筆写した。
お気に入りの作曲家はプレイエル。
美しい声で歌った。スコットランドの民謡が好きだった。
人前で弾くことはなかったが、ダンスの伴奏は好んでいた。好きな舞曲はコテヨン。
舞踏会では踊ることよりもむしろ人間を観察していた。

僕は今年はオースティン関係のコンサートを幾つか行う。(ロンドン、6月23日/ 東京、11月2日)
また現代ギター誌7月号に記事「オースティン時代のギター音楽」を書いた。
ここに短くまとめてみる。

オースティンの時代のイギリスでは各種のギター、リュートとその音楽が花開いていた。
楽器は、5弦および6弦のスパニッシュギター、金属弦のイングリッシュギター、リバイバルされたリュート、
ハープとギターのハイブリッドであるハープギター、ハープリュート、アポロリラなどなど。
教本や楽譜も多く出版されている。


楽器の弦数、調弦、音色などは異なるが、多くの場合レパートリーは共有していた。
楽譜の多くは簡素に書かれているが、奏者がそれぞれの技量により和声や低音などを付け加えて演奏するのが当たり前だったからだ。


これらの楽器のためのオリジナル作品としては、シュトラウベ、ジェミニアーニ、メルキ、ヴォイヤーによるものがある。
他、当時人気のあった作曲家、ハイドン、ヘンデル、プレイエルなどの編曲も多い。
楽曲の種類としては、ソナタ、舞曲、民謡の編曲、変奏曲などだ。

変奏曲は「作品」というよりも、奏者が様々なアドリブの技法を学ぶための教材的な性格をもつものが多い。

アンサンブル作品も少なくない。多くはヴァイオリンやピアノ伴奏のギター/リュート曲。
技巧的にはそれほど難しくなく、初見もしくは多少の練習で楽しめる作品が多い。
当時、音楽の合奏はメンバーが演奏を完成させるために努力するのではなく、
作品とお互いのコミュニケーションを楽しむために行われていた。


沢山のリュート/ギター歌曲も書かれている。
当時、一世を風靡した女優、歌手ジョーダン夫人はリュートの弾き語りを舞台で披露して喝采を浴びたが、
彼女の作品も多く出版されている。


ジョーダン夫人がそうであったように、これらの歌曲は通常弾き語りされた。
当時は歌を嗜まない音楽愛好家はむしろ珍しかっただろう。

歌詞はイタリア語とフランス語のものも少数あるがほとんどは英語。
モーツアルトのアリアなども英語の歌詞が付けられて出版された。
当時、自分が堪能でない言語で歌うことはなかったと思われる。


つまりこの時代の音楽愛好家にとって重要だったのは:

楽曲は様々な解釈が可能。
アンサンブルでは奏者間のコミュニケーションが大切。
一つだけではなく複数の楽器や歌を嗜む。
歌詞や内容が分からない曲は演奏しない。
人に聞かせたり技巧の修練が目的ではなく、自分自身が理解し楽しむ。

ジェイン・オースティン時代のギター音楽
6月23日:ロンドン・Daiwa Anglo Japanese House
10月?日:京都(TBA)
11月2日:東京・近江楽堂



2017年2月28日

古い音楽を演奏していると、色々と調べものは多い。

楽譜もそうだし演奏法に関してもそうだ。
特にここ数年は、音楽系の学会でのレクチャーコンサートの仕事が多くなってきたし、
自分も論文を書いたりしているので、練習しているよりも調べものしている時間の方が長いくらいだ。

調べものをするにはロンドンの大英図書館(BL)に行くことが多い。
オリジナルの原典、特にイギリス関係の大部分はあるし、
アーリーミュージック誌など音楽ジャーナル、ニューグローブやMGGなど辞典類も充実している。
デスクの専用スペースも大きく、調べものにはうってつけの場所だ。


リサーチの際に大切なのは、なんと言っても信頼できる情報を得ることだ。

最も重要な情報源は当時の教本や楽譜、日記や新聞記事など一次資料。
現代に編纂、翻訳されたものではなく当時の原本あるいは複製されたファクシミリを見るのが大切。


次に大切なのはオリジナルの文献を研究、編纂した二次資料。
学術論文や研究書がそれに当たる。


楽譜の場合、新バッハ全集、モンテヴェルディ全集、ダウランドリュート曲全集など原典版は貴重だが、
全面的に信頼はできない。明らかな間違いもそれなりにある。
使用に当たっては校訂報告書(editorial notes)を丹念にチェックすることが必要だ。
校訂報告書の付随していない楽譜はすなわち、いい加減に校訂されているのと同義なので、
使わないほうが良い。

ネットのIMSLP(ペトルッチ楽譜ライブラリー)は非常に便利だが、ファクシミリ以外は使わないのが無難だ。
載せられている原典版は古い版で時代遅れだし、校訂楽譜は素人さん作成によるものが多い。
http://imslp.org/

楽譜に限らず、音楽関係で信頼できない出版物は山のようにある。
楽器の歴史や写真集などの多くはそうだし、歴史や文化史的なものでもそうだ。
現代の随筆や評論、CDやコンサートの解説などは真摯な研究にはまず役に立たないと言って良い。

現代の資料が読むのに値するかどうかは、注釈(脚注あるいは文末注)と文献表があるかどうかで判断できる。
一般向けの書物でも、著者が訓練されており、学問的に良心的な場合は注釈と文献表をつけているはずだ。


文献表はあっても注釈のない書物も多いが、これにはことさら注意した方が良い。
注は著者の論考を裏付けるエビデンスを明らかにするものだが、
ない場合、まず例外なく著者は主観を多く交えて執筆している。
いかに多くの本が文献表に載せられていても、それらはいわば虚仮威しの役割だ。

同様にネットの情報は、wikiなどを初めとしてまず信頼できないと言って良い。
例外は、図書館や大学出版局、学会などがオリジナルの文献や研究論文を
ネットにアップしている場合で、これらは有料の場合も多いが非常に便利。

例えば;
フランス国立図書館のサイト:http://gallica.bnf.fr/accueil/?mode=desktop
無料で文献をダウンロード可能。

アーリーミュージック誌(オクスフォード大学出版局):https://academic.oup.com/em
登録すると論文を閲覧できる。

これらは非常に便利。積極的に利用していきたい。



2017年1月31日


王立音楽院の博物館でスペンサー・コレクション特別展を見る。


ロバート(ボブ)・スペンサーは1997年に物故したイギリスのリュート奏者/音楽学者。王立音楽院(RAM)教授。
演奏家としてはリュートソングの弾き語りで知られていた。

研究者としては多くの論文を書いたが、 
ことにEM誌に発表した「キタローネ、テオルボ、アーチリュート」は混同されがちな大型通奏低音楽器を詳細に考察、分類したものは金字塔と言える。


彼は膨大なリュート/ギター関係の原典、オリジナル楽器を収集し研究と実演に使っていた。


ダウランドの原典「ボードリュートブック」、バロックリュートの資料「バーウェルリュート教本」なども彼が発見して研究、ファクシミリを出版している。


と書くと、大変な資産家のようだが、決してそうではなく彼は非常な倹約をして楽器や資料を集めていたらしい。
そして、惜しげもなく演奏者や学生にその資料や楽器を使わせてくれた。

僕自身、ギルドホール音楽院時代にボブの私設図書館に数度お邪魔して、
資料を検分、またオリジナルの楽器も弾かせてもらった。

今でもあの感動は忘れられない。
オリジナル楽器や一次史料を最も重んじる姿勢になったのもボブのおかげだと思う。

1997年の没後、彼の収集した文献と楽器の多くは王立音楽院に寄贈され、
真摯な研究者や演奏家には公開されている。↓はリンク。
http://www.ram.ac.uk/museum/collections/collections-highlights/instrument-collections/spencer-collection

つくづく、こういう真摯な研究者/演奏家によって古楽は復興してきたのだと思う。

彼らの業績を無駄にしないためにも、僕らは地道な努力を続けたいものだ。
古楽の世界ではまだまだ分かっていないことが多いのだから。



2016年11月23日

ひと月ほど前、ベルギーの音楽学者グリートさんから演奏依頼が来た。

11月のロンドンでのリュート協会で17世紀の手稿譜に関してのレクチャーをする際、バロックギターを演奏してほしいとのこと。
喜んで引き受けることにして、早速手稿譜のデジタルコピーを送ってもらう。

Hs. 3893/3、通称ゲント手稿譜はゲント大学の図書館で最近発見されたもので、17世紀中頃の成立。
12コースリュート、11コースリュート、ハープ、シターン、そして5コースギターの作品が収められている。

ギターの楽譜は17世紀に一般的だったアルファベートで書かれている。
コードと基本リズムのみ書かれている、いわば即興演奏のひな型楽譜だ。


楽譜中のアルファベットは当時のコードネーム。↓のような対照表が当時のギター教本にはある。

現代のコードに直すと、十=Em, A=G, B=C, C=D, D=Am, D=Em, F=G, etc.
ただし当時のギターには様々な音高の楽器があったので、上は1弦ミの場合だ。

縦線はギターのラスゲアード奏法のアップとダウンを示している。
中央の線の下にあるのはダウン、上はアップ。ダウンは強拍、アップは弱拍に主に使われる。

通常アルファベートには拍子記号や小節線は書かれておらず、楽譜のみから(未知の)音楽を再構築するのは不可能な場合が多いが、
収められている曲は当時人気のあったものが多いので、他の版を参考にして演奏することは出来る。
なので、こういう楽譜を読むには当時の音楽一般に関しての知識はあればあるほど良いし、
逆にそれがない場合は全くお手上げだったりもする。
この記譜法は16世紀末から19世紀初頭まで広くヨーロッパ各地で使われており、ギターを弾く人はもちろん、
そうでない人もある程度は読めたのではないかと思われる。

今回は僕自身がよく知っていて好きな曲を数曲選んだ。今回はその中の「大公のバッロ」について書く。
楽譜はこんな感じ。


タイトルにBallo del Gran duca per b とある。ザクッと訳すと「大公のバッロ ハ長調」となる。


最初の部分を現代のコードネームとリズム記号に書き換えるとこんな感じ。
↓はダウンのかき鳴らしで↑はアップ。


この曲の場合、たとえタイトルが書いてなくとも最初の数小節のコード進行(C-G-Am-C-F-G-C)で、
イタリアのルネサンス/初期バロック音楽をある程度知っている人は「大公のバッロ」「フィレンツエの歌」
「優しいラウラ」などの題名で知られている曲であることに思い当たるだろう。

これは16世紀末ー17世紀にヨーロッパで最も愛された曲の一つ。
現代に例えると、ビートルズのイエスタディかレット・イット・ビーみたいなものか。

作曲者はエミリオ・ディ・カヴァリエリ。ローマ、フィレンツェなどで活躍した作曲家だ。
代表作に1589年のメジチ家の婚礼のために書かれた幕間劇「ラ・ペレグリーナ」があり、
神が地上の人間にリズムとハーモニーを教えるシーンがある。
↓は舞台の様子。


ここで歌われ踊られる合唱曲「おお、なんと新しい奇跡」では親しみやすい旋律がリズムと拍子を変えて現れるが、
この曲こそが「大公のバッロ」の原曲なのだ。

↓はタヴァーナーコンソートの演奏にイギリスのプロダクションが振付したもの。なかなか良くできてる。
https://www.youtube.com/watch?v=QvKLBzAWOkg&list=PL0clH6LNQvkV4CaoYkw1ipKCNv-NX3pQC&index=8

楽器としては「スペイン式のギター」つまり5コースの「バロック」ギター、
および「ナポリ式の小型のギター」つまり4コースの「ルネサンス」ギターの指定がある。


この曲は非常な人気を得て、瞬く間にイタリアで、そして他の国にも広まった。
もともとギターで弾かれた曲なので、ギターやリュート属のための編曲が多いが、
他の楽器やアンサンブルのための版もある。
題名としては「大公のバッロ」の他、フィレンツェで上演されたので「フィレンツェの歌」Aria di Firenzaと呼ばれることも多い。


イタリアのダンシングマスター、カローゾは1600年に「優しいラウラ」Laura Soaveの題名でこの曲の振付を発表している。


いわゆる古典舞踏の振り付けの記譜にはいくつかの方法がある。

よく知られているのは、記号でステップと図形を示すもので、フィエ・ボーシャン・記譜法と呼ばれたりする。
この記譜法は1700年頃から使われている。ちなみに↓はスペインのフォリアの振り付け。楽譜の下にあるのはカスタネットのリズム譜である。


カローゾの場合は振り付けはすべて言葉で書かれている。


現代の英訳もある。



楽譜は旋律とバスおよびリュートタブラチュアで書かれている。


原曲通り2拍子系で始まり、3拍子のガリアルド、サルタレッロそしてカナリオとなり、
音楽と踊りはより速さと激しさを増していく。
まさに神々が人間に音楽と踊りの楽しさを次々と教えていくように。



ゲント手稿譜でも3拍子のコレンテ La sua Corentaが続く。カローゾ版ではサルタレッロにあたる音楽だ。


リュート協会のコンサートでは大変楽しんで演奏した。
ヴィデオはここ!https://www.youtube.com/watch?v=IPQT_mLGezQ&feature=youtu.be
(5:30くらいから。音量が低いので外部スピーカーかヘッドフォンが必要)

見ている楽譜は簡素だが、弾きながらフィレンツェのラ・ペレグリーナの舞台やカローゾの振付、
この曲を愛奏していたであろう17世紀の幾多の音楽愛好家たちに思いを馳せる。
ギター1本で時間と空間を超えることができる瞬間だ・・・



2016年9月22日


この夏は日本に滞在。講習会やミニコンサートなど楽しい日々を過ごした。

中でも面白かったのは横浜で開催した「オリジナル楽器で遊ぶ会」。
もう数回目になる催しで、17-20世紀初頭あたりに作られた古い楽器を皆で持ち寄り、
鑑賞、試奏、自慢((^_^)、そしてアンサンブルなど行う会だ。

今回は珍しくもオリジナルのリコーダーが2本(1本は象牙)、象牙のトラヴェルソ2本を含むフルート、
イングリッシュギターが2本、バロックギターと19世紀ギターが数本、古典マンドリンなどが集まった。



また18-19世紀のカスタネットも。


参加者はすでにオリジナル楽器を所有して演奏している人がほとんどで、
楽器の扱いや試奏の方法などいずれも穏当で、気持ちの良い会であった。

オリジナル楽器を試奏する際に念頭に置いておきたいことに、拙速に楽器の良し悪しを判断しない・・・ということがある。

プロアマ問わず古楽を演奏する人は、ともすれば「これは素晴らしい!」とか「あまり良くないですね」みたいに、
すぐに自分の意見を言えるのが良いとされている傾向があるように思う。楽器に関しても、演奏についても。
なんだか、一種の「すぐわかっちゃう感性」を持っているのが優れている証拠!と思われているみたいだ。

でも、考えてみよう。
現代に作られたコピーのリコーダーやバロックギターを幾つも演奏した経験があっても、
それらはほとんどの場合、現代人の趣味や嗜好、演奏法に合わせて作られたいわば現代楽器だ。
評判の高い製作家ほど現代人の嗜好に敏感であるとも言えるし、
特に日本で入手しやすい楽器にはそれが顕著だ。

対して古いオリジナル楽器は、僕らとは異なる日常、習慣、教養、音楽的嗜好を持っていた数百年前のヨーロッパ人が使っていものだ。
僕らがその一つを手にして音を出してみても、その美しさや扱い方がすぐに分かるとは限らない・・・というか分からなくて当然だろう。

オリジナル楽器に初めて触れた人の感想は、ともすれば「あまり鳴らない」とか「音程が悪い」みたいになりがちで、
「古くてダメになっている」と簡単に思ったりするが、そこで「当時は音量と音程に対する感覚が僕らとは違ったんだ!」とか
「自分の奏法では通用しないんだ!」と気づける人はあんまり多くない。

ゆっくり時間をかけてオリジナル楽器に接していると、19世紀までの楽器は「音量よりも音質と弾き心地、均一さよりも語り口の豊かさ」が
重視されていたことが朧気ながらも分かってくる。

楽器の仕様としても、リュートには太いガットの低音弦、フレットを二重に巻くダブルフレット、
リコーダーのシングルホールなどが市民権を得ていたのはそのためだ。
当時すでに低音の巻き弦、シングルフレット、ダブルホールなどは知られてはいたが、ほとんど使われていなかったのだ。

古楽が親しまれるようになって久しいが、僕らはまだまだその時代の楽器から学ぶべき事は多いと思う。


また、不思議なことだが、日本の古楽器製作者のうち、オリジナル楽器に強い関心を示す人はあまり多くない。
僕はセラス、ヴォボアン派、ランベールなどの希少と言えるオリジナル・バロックギターを使って日本でコンサートを行ったが、
計測や検分の申し込みはこれまでほとんどない。
日本で活動されている佐藤豊彦さんの持つ超希少なオリジナルリュート「グライフ」を検分した日本在住の製作者も皆無だと聞くが、
つくづくもったいないことだと思う。


2016年6月26日

CD録音を行った。

場所はレドバリーのタウンホール、18世紀の教会の集会場。

レドバリーの博物館所蔵のリージェンシー・リュートを用い、
ハイドン、モーツァルト、プレイエル、ヴォイヤ-、ジョーダン夫人などの作品を録音した。
歌との共演も2曲ほど。


いずれの作品も楽しんだが、今回興味深かったのはジョーダン夫人の作品。
ジョーダン夫人は18世紀末から19世紀初頭に主にロンドンの王立劇場で活躍した女優、歌手。
後のウイリアム4世のミストレスとして10人の子どもをもうけてもいる。


彼女は1790年頃からリュートの弾き歌いを舞台で始め、それが大ヒット。
数々の楽譜が「ジョーダン夫人がリュート伴奏で演奏したそのまま!」の謳い文句で発売された。


ロンドンでは数冊のリュート教本/曲集が続いて出版され、人気のほどが偲ばれる。
かのジェーン・オーステンの日記にも「ロンドンにジョーダン夫人とオペラハウスを見に行くことは・・・」の記述がある。

今回録音したのはジョーダン夫人作曲、シェンストン作詞の[Go tunefull Bird]。
リュートパートはなかなか弾き甲斐があった。


録音を聴くのが楽しみだ。



2016年6月10日

再来週にCD録音をすることになっている。

お題は「リージェンシー時代のリュート音楽」
リージェンシー(摂政)時代とは狭義には1811年から1820年までの期間だが、
広義には18世紀末から1830年代までを指す。

イギリスでは17世紀の後半からリュートのソロはあまり弾かれなくなり、
1720年ころから通奏低音楽器としても段々使われなくなった。
おそらく1740年頃にロンドで出版されたコレッリの「2つのヴァイオリン、通奏低音、アーチリュートのためのソナタ」
が最後の出版物だろう。

18世紀の末にロンドンでリュートのリバイバルが行われる。
楽器は通常10本の単弦を持ちLUTEあるいはMODERN LUTEと呼ばれた。
楽器は当時新たに製作された他、16,17世紀の古いリュートが改造されて使われている。
楽譜や教本も出版され、僕が確認しただけでも200曲ほどの作品がある。
当時流行した旋律やダンスの編曲が多いが、
ソナタやロンドやリュート伴奏つきの歌曲など興味深いレパートリーも多くある。



残されている楽器は世界でも数台しかない。
僕が弾いている楽器はロンドンのブッキンガー作、1800年頃のオリジナルリュート。
おそらく現時点では唯一の演奏可能なリージェンシー・リュートだ。
その当時そうであったように、ガットと巻き弦を張って弾いてみると実に弾き心地良く美しい音だ。
弾いていても陶然となる。

収録する曲は、モーツァルト、ハイドン、プレイエル、ヴィオッティ、ヴォイヤーなどの作品。
楽しみだ




2016年4月15日

ケンブリッジのシドニーサセックス大学で開かれたアーリーギター学会に行ってきた。
4月9日-12日の4日間。


5年前に設立されたリサーチグループでヘッドはクリストファー・ペイジ。
メンバーはブライアン・ジェファリ、トーマス・ヘック、ポール・スパークスなど名だたる学者が揃っている。


今回のプレゼンの内容はざっと次の通り。
ソルの署名入りのラコートギター
19世紀初頭のイギリス文学におけるギターとソファ
リラギターについて
レージェンシー時代のハープギターとリュートと作品について(竹内)
アグアドの経済状態について
ソルの作品におけるマーチのテンポ
18世紀後半のオランダのギター音楽
カストロの生涯と作品
19-21世紀に於けるギター研究の軌跡


二日目には大学のチャペルでコンサートも行われた。
演目は
ソル:悲歌的幻想曲
ソル:セギディーリャ
ハイドンのエアー(竹内)
ジュリアーニ:フォリアによる変奏曲
ロッシ:マンドリンのための作品

など


次のミーティングは2年後。楽しみだ。




2016年3月31日

古楽講習会で教える機会は多い。

ヨーロッパでは年に2回ほど、
日本では関東、関西、名古屋、浜松である程度定期的に、九州もしばらく前まではよく行っていた。

講習会は楽しい。
いろいろな人と会えるし、演奏が聴ける。自分の勉強にもなる。

講習会で気をつけているのは以下のような感じ。思いつくままに。

個人の発表の場にならないこと。
講習会は皆で楽しく勉強する場でありたい。

経験者が初心者をミスリーディングしないこと。
しばしば古楽経験者が入門者にいろいろ教えてくれるが、内容が適切でない場合も多い。

現代の演奏家の噂話をしない。また現代の教本や資料はなるべく使わない。
僕らが対象としているのは昔の西洋の音楽。その話をしたい。

難しい作品を弾かない。
技術的音楽的に難しい曲は、音を出すだけでも精一杯になってしまい、音楽する余裕がない。特にバッハは鬼門。
受講生が簡単すぎると感じるくらいの曲で大抵はちょうど良い。

アンサンブルでは通奏低音奏者がリアライズされた(タブラチュア含む)楽譜を使っていないこと。
リアライズされたパートを用いる限り緊密なアンサンブルは不可能だと思う。数字付き低音を読めるようにするのが先決。

ピッチ、旋法、音律などの話題に深入りしない。
受講生の知識披露大会になりがち。しかもホントに分かって喋っている人はむしろ少ない・・・

原則として楽器経験者の聴講/見学は受け付けない。
僕の講習会では必ず即興のセッションを行う。ある意味で皆が自分の音楽を飾らずに正直に表現する時間だ。
その際に傍観している人がいるのはアンフェアーだと思う。ちなみにセッションだけの参加は無料

講師の模範演奏はなるべく行わない。
どのように演奏するかを決めるのはあくまでも受講者自身。
こちらが出来るのは当時の奏法、作品の構造と沿革を客観的に明らかにして、演奏の土台を整備すること。

リュートやアーリーギターにはガット弦、せめてナイルガットを張ってきて欲しい。
ナイロンや巻き弦を張ったリュートではテクニックは勿論、音楽の作り方も変わってしまう。
「本来はこうやって弾くものです(ガット弦では)」みたいなレッスンはなるべくしたくない。

対症療法的なレッスンをしない。
難しすぎる曲を弾いている場合は、迷わず平易な曲に切り替える。その方が絶対にためになるから。
受講生が発表会やコンサートを控えている場合はなかなか難しい・・・

編曲作品は避ける。
その楽器本来の奏法や語法を学びたいのだったら、その作品のために書かれた曲を弾くのがベスト。

装飾には深入りしない
装飾は大事な要素だが、その曲の和声や様式が分かって初めて効果的に用いることができる。
最初から装飾に言及してしまうのは良いレッスンではないと思う・・・



2016年2月8日

先週のリュート協会からすでに1週間。

僕にとっては楽しく充実した会だった。
リュート協会の世話役からも「リサーチと演奏の分野両方で新しい人材が出ていることを嬉しく思います」
とのコメントが出演者に向けて寄せられた。

僕が少しだけ気になったのは、演奏した若手リュート奏者二人ともが、
かなり高張力の合成樹脂弦/巻き弦を張り、言ってみればバリバリとスポーティに弾いていたことだ。

音量はそれなりにあり、テンポの速い演奏。
ただ、僕には音色の色彩感は感じられず、技巧ばかりが目立った。、
一般受けはするかもしれないが、(バロック)音楽の持つ修辞や語りの要素はあまり聞こえてこないように感じた。

リュートがある程度大きな会場で演奏されるのが当然の現代、このようなアプローチはまあ仕方ないとも言える。

17世紀のバーウェルリュート教本によると「リュートはほんの数人の聴き手のみが可能」だし、調弦にも時間が必要だ。
歴史的であろうとすればするほど、公開の演奏会は難しくなる。

でもやっぱり残念に感じる。
「どのようにして現代の聴衆にアピールするか」も大事だが、「本来どのようなものであったのか」
をまず探求するのが大切だと思うのだ。

これは一つにはガット弦の使用が浸透していないこともあると思う。
ガット弦を張ったリュートの特徴はその修辞的な鳴り方にある。
不均等でファジーな響きはまさに人の声のようだ。

ガットを使わないと音色に面白みがなく、奏者は速いテンポで弾きたくなってしまいがちだ。
そして音の粒を揃え均等な演奏を目してしまう。

残念ながら現代のリュート奏者のほとんどは合成樹脂弦/巻き弦を依然として使っているし、
ガットの経験が皆無の奏者も少なくはない。特に若手奏者でガットを使っている人のことはあまり聞かない。

これはバロックヴァイオリンやチェロなどでも同様らしく、
ヨーロッパのバロックオーケストラの奏者でも、合成樹脂の疑似ガット弦や
ガットにナイロンのコーティングを施したいわば「ハーフガット弦」の使用が増えていると聞く。

音楽院の古楽科ではガット弦の講座を設けるべきだと思う。
併せてダブルフレットなどリュートの歴史的セッティング、歴史的奏法の講座もあるべきだろう。

それらに関する知識と体験を持っていると、たとえ(やむを得ず)ナイロン弦を使う場合でも、
音楽の作り方は明らかに異なってくる筈だ。

リュートやバロックギタ-、バロックヴァイオリンなど含めて「古楽」はいまや立派に一つのジャンルとして確立したと言える。
コンサートも多いし、古楽科のある音大も増えてきた。
しかしその「古楽」が「現代の商業古楽」だけでは困るのだ・・・



2016年1月30日

ロンドンのリュート協会例会。

今回僕は複数のプレゼンと演奏に関わった。プログラムは以下の通り。

10.30 Coffee

11.00 The Ledbury Lute: a very rare museum example of a Regency period ‘Modern Lute’
plus an original Apollo lyre and a Light harp-lute; a talk by Chris Egerton, with demonstrations by Taro Takeuchi


12.00 Mini-recital music of Dowland, Kapsberger and others, by Yavor Genov

12.45 Lunch

2.15 An original instrument project,
a talk with mini-recital on original 18th century guitars (Baroque and English) from a museum in Japan, by Taro Takeuchi


3.15 Who was Behind the Making of the First Spanish Guitars in London?
a talk by James Westbrook of The Guitar Museum; with a chance to see an early extant example belonging to Taro Takeuchi.


4.00 Tea, wine and home-made cake 

4.30 The Lute Society Recital, Jadran Duncumb performs baroque lute music by Gallot, Mouton and Weiss

まず11時からは「レドバリー・リュート」のプレゼン。

イギリスでは1800年頃にリュートの一種のリバイバルがあった。
フラットバックにテオルボ式のネックを持つ楽器で、「リュート」あるいはしばしば「モダンリュート」と呼ばれた。
シャブラン、ボルトンその他の奏者/作曲家が教本と曲集を出版し、著名な歌手によっても舞台で使われた。
現存している楽器は非常に少なく、世界でも数台しか認められないが、
ごく最近英国のレドバリーの街の小さな博物館で状態の良いリュートが見つかった。


古楽器修復家クリス・エガートンと僕は早速博物館に駆けつけ、楽器を修復し、演奏会およびレコーディングをすることになった。
今回はその楽器のロンドンにおけるお披露目だ。

プレゼンではクリスが楽器の構造や修復に関して話しをした。
僕はこの時代のリュートとギターに関するレクチャーを行い、数曲をデモ演奏した。


フラットバックの単弦ガット弦のリュート、音色はハープのそれに近い。
非常に美しい音で弾いていて気持ちが良い。流行ったのもよく分かる。


12時からはハンガリーの若手奏者のリュート演奏。カプスベルガーその他のプログラム。
非常に真面目かつ意欲的な内容と演奏だった。

昼食後には僕のプレゼン「オリジナル楽器プロジェクト:浜松楽器博物館との仕事」。


浜松市楽器博物館とその活動を紹介し、僕が演奏したCD「可愛いナンシー」が出来上がるまでを話した。
その後はコンサート。 バロックギターとイングリッシュギターでコルベッタ、シュトラウベ、ド・ヴィゼなどを弾いた。


午後3:15分からはウエストブロック博士の講演「イギリスで最初に作られたスパニッシュギターについて」

18世紀の後半、イギリスでは「イングリッシュギター」と呼ばれる指弾きのシターンが流行していた。
8の字型のボディを持つ「スパニッシュギター」も弾かれてはおり、18世紀の末には5単弦、19世紀の初頭には6単弦となった。
ギター製作はロンドンの楽器製作者/楽器商ロングマンが多くのスパニッシュギターを職人達に発注していたらしい。
僕はお話しの後に、ロングマンの6弦ギター(1810年頃、ロンドン)でデモ演奏。シャブランの曲集からオペラアリアの編作を弾く。


ワインの後、ジェイコブ・リンドベルイの弟子だという若手リュート奏者が主にフレンチバロックを披露。
こちらも非常に達者な演奏だった。

今回も楽しい会だった。終演後に皆とパブに行きビールを一杯。ほっとする・・・

1800年頃のハープギター:今回その鳴り方がもっとも注目を集めていた



2014年12月25日

パリでジャン・ローラン・マスト作のバロックギターを買う。パリ、1780年頃の製作。


マストのギターはすでに1本所有しており、ステージでも使っている。

たとえばこのライブ https://www.youtube.com/watch?v=iTFdAcnNfXw

マストのギターの多くは言わば質実剛健、装飾はシンプル、材料は良質、厚めの板圧。
音色は美しく音量感もある。ヴァイオリンで言うならガルネリだろうか。

今回入手した楽器は、オリジナル5コースギターとしては珍しく綺麗に修復済みの楽器。

ただ、修復の方針がいくつか必ずしもオーセンティックではないようにも思われるので、
思い切って自分でいくつか調整を施すことにした。

弦長615ミリ、全長86センチ。かなり小型のギターだ。

弦は日本製と思われるフロロカーボンが張られている。独特の重く均一な響き、
弦高はまあまあ、フレットは太めが巻かれている。第1フレットが約1ミリ。
小型のボディ、短い弦長にもかかわらず音量もあり響きは驚くほど強く豊かだ。

まず、弦,フレット、ペグを外す。

ボディ内の埃を出すため、お米を入れて振って出す。


ボディ内部をファイバースコープで観察。
綺麗だが表面板裏側、ブリッジ辺りにプレートが張られている。


プレートは強度を確保し、各弦の響き、和音の響きを均一にする働きがある。
オリジナルではないのは確実なので、小さなカンナで削り落とす。


力木が緩んでいる箇所を接着。

現状でのブリッジの孔の位置は表面板から6ミリほど。
やや高すぎるので4ミリの位置に孔を開け直す。手動の小さなドリルを使う。


ペグの形は良いが、エッジが立っていて指が痛くなる。
ヤスリでエッジを落とす。ペグチョークを使ってフィッティングも調整しておく。


低音用のペグは太いガットが通るようにドリルで孔を広げる。1.5ミリ径。


指板はおそらく修復の際に交換されている。
ストレートな指板だが、18世紀後半のフランスのギターの指板の多くは軽いカーヴ゛を持っている。


指板自体も厚めなので、スクレーパーで丸みをつけておく。

削った後はペーパーとスチールウール、オイルで仕上げする。

ガット弦を張るようにナットの溝を彫り直す。


ガット弦を張って、フレットを巻き直す。
とりあえずシングルで巻き、しばらく様子を見てからダブルにする予定。


ニス落ちした箇所を軽くリタッチし、喪われた象牙のボタンを再生して装着。
これで一応の完成!


表面板保護板を用意する。
ラスゲアードから表面板を護るためのもので、
コピーの楽器につけることはないが、古いオールド楽器は表面板も傷みやすいので、僕は装着することが多い。


ストラップを付け演奏できる状態。


弾いてみると、苦労?の甲斐あって弾きやすく、良く響く楽器になっていると思う。
弦の選択や弦高などのセッティング、この楽器が生きる弾き方などは、
これからいろいろ試行錯誤しながら、楽しく演奏しているうちに見えてくるだろう。
新年の講習会やライブで使ってみようと思う。

次はケースだ。
折角の小型ギターなのだから、持ち運びの容易な小さくて軽いケースが欲しい・・・
(続く)



2015年10月17日


「蛍の光」は日本では卒業式の際に、イギリスでは年末年始や別れの際に歌われることが多い。
3拍子版は「別れのワルツ」として、ビビアン・リーとクラーク・ゲーブル主演の映画「哀愁(ウォーターロー・ブリッジ)」に使われて流行した。


この曲の原曲について調べてみた。

原題はAuld lang syne、スコットランドの綴りだ。英語ではOld long since。
日本語には訳しにくいが「随分時間経ったね」「久しき昔」みたいな意味だ。

曲の感じからして19世紀中頃くらいの成立かと思っていたが、案外古く18世紀の中庸から出版されている。
民謡だから起源はもっと古いだろう。

旋律にはいくつかの形があるが、いずれも「蛍の光」の原曲であることはわかる。


よく知られている歌詞は「旧友と久々に会い酒を酌み交わす」内容だが、
これはスコットランドの詩人ロバート・バーンズが1780年頃?に新たに作り直したもので、もともとの民謡の歌詞ではない。


民謡としての歌詞には多くのヴァリエーションがある。
僕が好きなのは以下のヴァージョンだ。1750年ころにすでに歌われていた歌詞だ。
「兵士の帰宅」の副題がある。僕の訳を載せる。

あなたのことばかり考えていた
ケガをして帰ってきたひと
戦いで得た名誉の負傷
お帰りなさい、私の可愛い人

その腕で私をしっかり抱いて、私を癒やして
こんなに長い間会えなかったのだから・・・

私たちの回りには沢山のキューピッドが踊っている
あなたと歩く森の中では全てのものが微笑んでいる
あなたがお帰りになってから、太陽と月は輝きを増した
小川は優しくささやきながら流れていく
ずっと昔からそうしているように・・・ 
(Taro Takeuchi)




2014年10月11日


英国中央部のマナー・ハウス「オウルペン・マナー」でコンサート。

マナーハウスとは荘園にあるいわば貴族の邸宅。現在ではナショナル・トラストなど国が管理しているところも多い。
オウルペン・マナーは16世紀に建てられ、現在は個人の所有。
ケンブリッジで哲学を専攻したというインテリのオーナーとその家族が住んでいる。
ホテル、結婚式場などのイヴェント会場としても用いられている。


付属の教会を会場として二日間にわたる音楽フェスティバルが行われ、僕は二日目に出演。
18世紀のバロックギターを使い、ド・ヴィゼ、バッハその他を演奏する。非常に楽しいコンサート/滞在だった。


ところで、このオウルペン・マナー、歴史のある建物だけあって、ゴーストストーリーでも有名。
いくつものTV番組が製作されており、youtubeでも視聴できる。
https://www.youtube.com/watch?v=HQ0AeiQjERE



また、これまでにここでコンサートをした友人からもゴーストめいたものを見た/感じたという話は幾つか聞いている。
確かに古い建物に調度品もアンティーク、雰囲気は充分だ・・・


で、僕にも不可思議なことが起こった。
断っておくが僕はオカルト派ではない。全くそのようなものは信じない人間だ。

ともあれ:
オウルペンに行く前日、フェイスブックで関係者とチャットしていた。
こんな感じだ。英語のチャットだが日本語に直しておく:

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
相手(A):いよいよ明日ですね・

       僕(T):楽しみにしています。

A:どうぞお気をつけて

       T:ああ、ところでそちらにゴーストが出るっていうyoutubeがありますね。
       真夜中にカメラ片手に探検しようかな(笑い)
       (僕がyoutubeのリンクを送る)

  ここで先方でも僕でもない書き込み発生!

    ??:私も行くのよ!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


僕は最初この書き込みを先方が書いたものだと思ったのだが、形としてはこちら側からの書き込みになっている。
やはり不思議なので、思い切って電話をかけて聞いてみた。
そうすると、もちろんそんな書き込みはしていないという・・・・Spookyである・・・

で、翌日、共演者たちとそんな話をしながら電車に揺られてオウルペン・マナーに着いた。

オーナー夫妻と楽しく話していた際、奥さんがドキッとすることを仰った。
なんでもこのマナーハウスに出没するゴーストの一人、
9歳の少女はしばしばPCにメッセージを残すそうである(実際に見せてもらった)。

昨今、ゴーストもハイテクなのですね・・・(実話です)

下は僕が泊まった寝室。
ヘンリー6世のお后だった「アンジェのマーガレット妃」のゴーストが出るという噂の部屋だが、
特に何事もなくゆっくり休んだのでありました。


(ただ、真夜中に部屋の外の階段を駆け上がる音はした。少女のゴーストがそこに出るという話ではあったが・・)



2015年9月24日

英国では合唱はとても盛んだ。

大学付属のチャペルや一般の教会にも聖歌隊があり、学校や企業、地域の合唱団も多い。
それらのレベルは高く合唱王国と言われるのも納得がいく。

僕らも合唱団との共演の仕事・・・モンテヴェルディ、バッハ、パーセル、ヘンデルなどは多い
先日、アマチュアの女声合唱団のコンサートに出た。14人ほどの小編成だ。

プログラムはイングリッシュマドリガル数曲、メンバーのソロと重唱でダウランドのリュートソングやイギリス民謡など。
僕はリュートとバロックギターで伴奏、ソロも二曲ばかり。
楽しいコンサートだった。


コンサートに先だって数時間コーチングする。

メンバーにはそれなりに年配の方も多い。
彼女らは特に厳しい声楽の訓練を受けているわけではないが(いや、それだからか)
実に素直な発声で自然に歌う。何よりも言葉を大切に歌っているので伴奏も容易で楽しい。

(当然ながら)彼女らの母国語の英語はとても自然で美しい。


気がつくのは決して大きな声を出そうとしたり、レガートに歌おうとしていないことだ。
あくまでも自然に歌詞を語っている。力が入っていないので音程も綺麗で、こちらの弾いている対位法的声部や和声にもピタリとハマる。

また声を自分の身体の中で響かせようともしていない。
つまりヴィブラートも抑制されていて、このことも音程の良さ、言葉の明瞭さに繋がっている。

こういった歌い方は、ある種のモダン声楽からすると歓迎されないことかもしれない。
「声量、レガートさ、響き」が重視されている世界から見ると。


しかし僕の経験では、「大きな声で、レガートに、ヴィブラートを使って」歌おうとすると力が入ってしまいやすい。
音色は乱れ、歌詞は聞こえなくなり、縮緬の様なヴィブラートがかかり、音程が悪くなり、聴きづらいものになることも多い。

プロでもそうなる人も居る。いや、声量を重視するプロこそそうなりやすいのかもしれない。



歌手には「高い声がエライ」信仰みたいなものもあるようで、リュートソングなども高く移調して歌う人が居たりもする。
高い音を披露したいのか、物足りなく思ってしまうのかもしれない。

しかし、高い声は歌詞を聴きづらくする。
リュートソングが低めの音域で書かれているのは、あくまでも歌詞を語ることが重要だからだ。
ダウランドのリュートソングなどはモダンピッチよりも2度か3度は低く歌われていたという説もある。
このくらいの音域になるとまったく「語るように」歌うことが出来る。


このように考えると「声量、レガート、響き」を重視する巷の「声楽レッスン」は、むしろスポーツの練習に近いところがあると思う。

それを一概に否定するわけでは無論ないが、特に古い歌曲を歌う場合は、それらが歌われていた環境や背景などに思いを馳せれば良いと思う。
リュートソングやマドリガルはあくまで自分自身のため、そして少人数の聴き手や共演者と音楽を共有するために書かれているのだ。

コーチングでは「大きな声でレガートに歌わない」ことをアドヴァイスするだけで、
音楽的精度、アンサンブルの緻密さ、表現力が上がることはこれまでに何度も経験している。



2015年9月16日

この夏は一月ばかり日本に滞在した。楽しい数週間だった。

今回は、個人/グループでのレッスンの他、東京での古典舞踏研究会ではレクチャーとダンスバンド、
びわ湖ホールでの関西古楽講習会、それから沖縄でのライブなどを行った。
どれも楽しい催しだった。主催者の方たち、関係者の方たちには感謝の限りである。



・・・で、それはそれとして、日本に滞在するたびになーんとなく気になってしまうのだが・・・

日本は様々な分野でイヴェント的発表が盛ん、かつ重要視されているように感じる。

音楽教室に通う子供は半ば強制的に発表会に出されることも多く、
中学、高校の合唱団やブラスバンドにとってはコンクールはしばしば最大の目標だ。
大学のオーケストラでは著名な指揮者を招いての大曲演奏が当たり前だったりする・

で、これが音楽のホントの理解や楽しみに繋がっているかと言うと・・・
僕はあんまりそうは思わないのだ。

音楽の喜びとは、楽曲の沿革や構造を理解し、それを自分の身体を使って表現すること、
音を使って共演者や聞いている人とコミュニケーションをとることだと思う。

しかし、人前で発表することに重きを置いてしまうと、肝心の音楽の勉強や楽曲の理解がおろそかになる場合が多い。
早い話が「少々無理でも頑張って、人前で演奏してもおかしいと思われない」
あるいは「他人がやっていないことをわざとやる」ようなアプローチになってしまいがちだ。

これはアマチュアだけの現象ではない。プロ演奏家やプロ団体にも同じ傾向はあるように思う。

日本のコンサートには話題性を追求しているものが目立つ。それはこの「イヴェント主義」から来ていると思う。
その際には、基本的なところがネグレクトされがちだ。
そして、齟齬と瑕疵の多い結果になってしまうことも多くありそうだ。僕自身いくつもの経験がある。

まあ、この現象はもう仕方ない。誰かを責めるべきものでもない。
西洋音楽はもともと日本にあったものではないし、リアリティと充分な知識を持って音楽することはなかなか難しい。
それが職業となってしまうと、世の中にアピールすることも大切だ。

まあしかし、よく勉強し自分で考えて真摯に音楽する人は出てくるだろうし、そう望む。
特に若い世代から。





2015年4月9日


CD「可愛いナンシー:18世紀のギター音楽」のプロモーション盤が届く。
浜松市楽器博物館の所蔵楽器を使用した録音だ。今月から博物館で先行発売。


楽器の選択と修復から始まり、選曲、録音は勿論、ジャケットのデザインや内容にも大いに時間をかけたので、それなりに感無量だ。

曲目はこんな感じ。共演は歌の野々下由香里さん、チェンバロ大塚直哉氏、イングリッシュギター井上景さん。


解説は日本語と英文、どちらも自分で書いた。


オリジナルの楽譜や図版も多く載せることが出来た。提供の図書館、博物館、個人収集家には感謝!である。



楽器のデテイルも勿論充実している。


いずれは僕のHP、コンサートや講習会でも頒布の予定ですが、興味ある方は浜松市楽器博物館にお問い合わせ下さい。
http://www.gakkihaku.jp/



2015年3月24日


イギリスでは5月に総選挙がある。
今回の(も?)争点はNHS(国民健康保険サービス)。
野党である労働党はNHSの充実を公約に挙げている。

英国は日本と同じく国民皆保険。
大きく異なるのは英国では全て基本的に無料であることだ。
処方箋に多少の経費を払う場合もあるが、診療費、治療費、薬品代など個人の負担はない。
入院治療や手術を行っても同様だ。

・・・と聞くとまるで地上の楽園の様に聞こえるかもしれないが、必ずしもそうではない。

例えば、心臓あたりの不調を感じたとする。
日本だとすぐに内科か循環器科を受診して問診、特に問題なさそうでも念のためにレントゲンや心電図を・・・となるところだが、
英国ではまったくそうはいかない。

まず、最寄りの診療所で予約。その日のうちに予約が取れることは少なく、大抵は翌日以降に問診を受ける。時間は約5分。
その際、診療所のGP(かかりつけ医)が検査の必要があると判断したら、病院の予約を取る手続きをしてくれる。
病院から検査の通知が来るのが1-2週間後。そして実際に検査を受けられるのは数週間後だろうか・・・

どうしても待てない場合は緊急あるいは救急に行くことになるが、よっぽど重篤でないとなかなか難しい。
入院して手術する場合でも待ち期間は長い。平均して約1年半という話も聞く。
またエビデンスの蓄積のない最新医療を受けることも普通は出来ない。

なので、大きな会社で働いている人や経済的に富裕な層は個人の保険に加入していて、プライヴェート病院で待たずに診療、治療を受けることが多い。
ちなみにプライヴェート病院にかかる費用は驚くほど高い。

つまりイギリスの医療は、層によって二分化していると言える。

こういった社会保障のためにイギリスの税金は高い。ちなみに消費税で20パーセントだ。

このように考えると日本の保険システムは優れているところも多い。
不調を感じても診療、検査はその日かいずれにしても短期間のうちに行われる。
医療費はフリーランスでも3割負担で済むし、高額医療費還元制度もある。
やはりよく出来ていると思う。維持していってもらいたいものだ。



2014年3月3日

ロンドンに戻る。

英国南西部ブラックダウンに滞在して仕事した。大変美しい村だ。


楽しい4日間だった。
ヨーロッパ中から集まってきたアマチュア歌手15人をコーチして、モンテヴェルディ、シギスモンド、シャルパンティエなどを勉強。
最終日はトリオソナタグループと共に皆で演奏会。僕はフォリアの即興演奏をソロで弾いた


こういうプロジェクトの仕事はしばしば請けるが、そのたびに感じるのは皆の譜読みの早さと語学能力の高さだ。
(大きな声では言えないが、明らかに日本のプロ歌手のレベルを超えていると思う)

気持ちが良いのは、皆バロック音楽が好きで勉強するために集まっているので、
最後のコンサートに向けて皆でがんばる!という感じが全然しないことだ。

コンサートは単なる結果、一応の目標であって、最も大事なのは音楽を良く知ること、楽しむことであることを皆よく知っている。

ここのフェスティヴァルでは今年ソロのコンサートも行うことになっている。
楽しみだ



2014年2月26日

明日からブラックダウン古楽祭の仕事。


場所はロンドンから急行電車で3時間、なかなかのカントリーサイドだ。

ヨーロッパ中から集まってきた歌手のコーチをして、日曜日にコンサート。
演目はモンテヴェルディ、ディンディアとシャルパンティエ。
それから器楽だけのトリオソナタと僕のソロ。ソロはおそらくスペインのフォリアによる即興演奏になるだろう。

地方の古楽祭の仕事はいつも楽しい。

なんていうか、お祭り臭がないというかイヴェントくささがないというか、
皆、バロック音楽が心から好きで、それを理解して楽しむために来ていることがよく分かるからだ。

ブラックダウン古楽プロジェクトへのリンク
http://blackdownsearlymusic.co.uk/?page_id=1209



2014年2月10日

ホーニマン博物館を訪ねる。これまでにも何十回も訪れた博物館だが、
今回は所蔵するアポロリラをじっくり観察したかったのだ。

ホーニマンのは6弦でスタンドもついていない。状態はかなり良さそうだ。
僕の所有する7弦、スタンド付きと画像を並べてみる。
  

大分すっきりした印象だ。これはこれで魅力がある。ローズは太陽と月かな?

他にもハープリュートの仲間たち。

右のキンキラキンのはこれ自体を演奏するわけではなくて一種の共鳴装置らしい・・・

この博物館の木管楽器は圧巻。これでも所蔵するうちのほんの一部だ。


ドルメッチゆかりの楽器たち。


ここには楽器室を閉鎖してしまったヴィクトリア&アルバート博物館の所蔵品が置かれている。
いつ見ても美しい楽器たちだ・・・右はブランシェのスピネット。


今日も楽しい一日だった。



2014年2月8日

日曜の朝、カフェオレを飲んでいたら電話が鳴った。

この時代、携帯ではなくランドライン(家電)が鳴るのは珍しい・・・出ると知らない紳士の声。
「あなたがハープリュートを弾いてるyoutubeを見ました。うちによく似た楽器があるんですが・・・」
とのこと。

拙スタジオにお茶に招待することにして、楽器を拝見すると立派なハープリュート。

いや正確にはアポロ・リラと呼ばれたハープ・リラ・ギターだ。教則本/曲集も持っている。



ハープとギターのハイブリッド楽器で、調弦はイングリッシュギターとほぼ同じ。

銘はレヴィアン、ロンドンで活躍していたパリジャンの製作家。

レヴィアンはハープリュートの発明者であるエドアルド・ライトとはライバルの関係にあった。
ライトの楽器が弦を増やす方向に行ったのに対し、レヴィアンは7弦の楽器を多く作っている。
↓の左がライト作ハープリュート、右がレヴィアン作アポロリラ


ちょうど欲しかった楽器だったので、譲るつもりはあるかと聞くと返事はイエス。
なんでもボートを買ったばかりで、資金に充てたいのだそうだ。

ボートと聞いてドキドキしながら価格を聞くとリーズナブルだが、それとは別に19世紀のギターを一つ欲しいとのこと。
楽器庫からイギリスで作られた19世紀ギターと現金を渡し、取引終了。

流石、古いものを大切にするイギリス、たまにはこんなこともある・・・




2014年2月6日

リュート製作家クラウス・ヤコブセン(ジェイコブセン)の工房を訪ねる。

デンマーク出身だがもう30年以上ロンドンで仕事をしている。
ポール・オデット、ナイジェル・ノース、リズ・ケニーなど彼の楽器の使用者は枚挙に暇がない。
特にテオルボ、アーチリュート、それからギター族のシェアは高い。

僕も彼のテオルボ、アーチリュート、ギター、ヴィウエラなどを使っている。


今回は彼が製作したイタリアン・バロックギターのチェックが主な目的。
特に不具合が出ているわけではないが、数年に一度は製作家に見てもらうと安心だ。いわば健康診断。


ギターの状態は大変良いそうで一安心。

折角なのでいろいろ話をする。簡単に紹介する。

竹内(以下T):有り難う。ところでバロックギターの裏の形って音量や音色に影響するのかな。丸いのと平たいのと?
クラウス(以下K):うーん、特に関係ないように思うよ。どちらも沢山作ったけど、はっきりと言えることはないかな・・・ 
 ラウンドバックの背中は魅力的だけどね。
T:そうだね、それ以外のファクターも多いしね。あんまりジェライズを簡単にしてはいけないね。
 ・・・この材料はエボニー?
K:そう、エボニー。やっぱりラウンドバックには濃い色の木か、ユウが合ってるね。
T:あと象牙!
K:ハハハ。


T:テオルボ製作中?
K:そう、弦長87/160センチの通常タイプ。できたら弾きにきてよ。


T:ギターは作ってる?
K:つい最近、ストラディヴァリのフルコピーを作った。アシュモレアンの弦長74センチのやつ。

T:D調弦?
K:そう、でE調弦もできるようにカポタストも作った。やっぱり大きい楽器の音は違うね。
T:違うね。11フレットジョイントにして弦長71くらいにしようと思わなかった?
K:うん、オリジナルをよく見たけど、ネックはオリジナルだと思う。もともと74センチだと感じたからね。



T:僕はヴィウエラやリュートはダブルフレットにしてるけど、どう思う?
K:僕はまだちゃんと試したことないけど、試した人はみんなすごく良い!って言うね。
T:うん、そうでしょう!
K:押さえやすいし弾きやすい。いったんダブルにしたらシングルには戻れないって聞いた。
 フレットが馴染んだり、楽器が鳴ってくるには時間がかかるけど、いったん安定したらとても良いみたいだね。
 次には6コースリュートを作るので、ダブルにしてみようかな?
T:良い考え! 僕は6コースをホルバインの絵にあるみたいに全部プレインガットで張ってダブルにしてるけど、
 特に低音はバズ(サワリ)があって良い感じだよ。張力も低くてちょうど良い。
K:カピローラだね(笑)
T:そう、カピローラ(笑)

T:リュート製作ってこの30年くらいで変わってきてる?
K:うん、たぶん。僕が作り始めた70年代はもの凄く表面板が薄くて軽いリュートが多かった。
 「リュートは軽い」っていうのが誇張されて広まってたんだね。
T:今でもそんな感じの楽器は見るね。イギリスにはないけど。
K:うん、僕はその後、リュート演奏と製作を勉強するためにロンドンに来たんだけど、
 その頃に一時、やや重めのリュートが流行った時期もあったりしたね。今はバランスが良くなってきたんじゃないかな?
T:なるほど、面白い。次はダブルフレットのヴィウエラを持ってくるね!


クラウスと話すたびに感じるが、彼は心からリュートと音楽が好きで、いろいろと調べながらも淡々と誠実に楽器を作っているだけなのだ。
それが結果的に飛ぶように売れ(待ち時間は8年という)、今はロンドンに在住しながらもイタリアに別荘兼工房を持っている。
でもやっていることは同じで、淡々と自分の好きな楽器を作り続けている。楽器は他のメーカーに比べても安価だし、修理も大変リーズナブル。
こういう人と話していると、やっぱり気持ちが良い。
演奏も製作も、「売る」ことを考え始めた途端に大抵はレベルは下がるし、内容もつまらなくなってしまう・・・



2014年2月4日

ロンドンから電車で4時間、ある田舎町の小さな博物館を訪ねる。
エリザベス朝時代の建物が建ち並ぶ瀟洒な町だ。


お目当ての博物館も可愛い。夏期だけの開館だが、今回は特別にアポをとってある。


今回訪れたのは、ここに保管されている「リュート」の調査のためだ。楽器修復者クリス・エガートンも同行。

リュートと言ってもルネサンス/バロック時代の楽器ではない。18世紀末/19世紀初頭に製作されたものだ。


イギリスでは、リュートは18世紀の前半にはすでにあまり使われない楽器になっていた。
世紀の中頃には少数の例外を除き、ほぼ姿を消していたと考えられる。

しかし、平行して1720年代からイギリスでは「古楽復興」の機運が高まっていた。

よく知られているのが、作曲家ペプシュなどによる「アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック」だ。
この運動は18世紀を通じて行われており、彼らにとっての「古楽」、モーリー、ギボンズ、パーセル、コレッリなどを
「古楽器」を使って演奏した記録が残っている。

当然、リュートも使用されたのだが、楽器は残されているオリジナルのリュートを修復/改造したり、
あるいは新たに製作されたりしたわけだ。

1800年頃には「リュート」は、彼らにとっての「現代リュート」として愛好されるようになる。
教本や曲集も出版されている。

彼らの「モダンリュート」は10コースを持ち、調弦はイングリッシュギターを踏襲している。
彼らにとって最も馴染みのある調弦だから、当然だと言える。
下のチャートは1802年のウォーターマークを持つリュート教本から。ロンドン出版。


リュートはそれなりに愛好されたようだが、割とすぐにハープリュートに取って変わられたらしい。
ハープリュートの音色とイメージが時代の好みに合っていたのだろう。また構造的にもハープリュートの方が堅牢と言える。
   

3時間ほどかけて多くの写真を撮り、各部のメジャーメントを採った後に、そっと調弦して弾いてみると実にふくよかな音色だ。
僕には、現代のナイロン/巻き弦が張られたコピーリュートよりも遙かに説得力のある古楽器だと感じられた。


この楽器についてはクリス・エガートンと共同で論文を書くことになった。
おそらく英国リュート協会の紀要に発表することになるだろう。
また、この博物館ではそのうちにライブを行うことになりそうだ。

今日も楽しい一日だった。



2015年1月30日


今年リリースするCDの収録曲「可愛いナンシー」の対訳を作っている。

18世紀にイギリスで流行したバラッドで、使用している版は1800年頃にロンドンで出版されたイングリッシュギター曲集。
大英図書館も蔵していない希少な資料だ。


主題と2つの器楽変奏、および5節からなるテクストが書かれている。
今回、改めて読んでみると非常に心に沁みる歌詞である。少し長いが試訳を掲載する。

1
可愛いナンシー、どうしてこのように残酷に、
あなたの視界から惨めな恋人を追い払うのか
人生の価値はあなただけだと考えている者を
あなたが顔を顰めた途端、彼の人生は絶望で終わるのだ


2
もしあなたが私を苦しませるつもりだったのなら、おお!なぜあなたの目は、
あの時あのように柔らかく、甘い驚きを宿していたのか
その燃える光に私は立ちすくむばかりだった
その目から流れ出る涙に感じ入り、私は恋に落ちたのだ

3
しかし、悲しいかな! 夜に迷う巡礼者が遠くに見る灯火の様に、
私のつかんだ喜びは幻だった

彼は喜び、急ぎ、それを追いかけ、やがて死ぬ
ナンシーが離れた途端、破滅がやってくる

4
おお!どうぞ忘れないで、あなたが私の腕の中で得た悦びを
天使の様なあなたが私の名を呼び、あなたの全てを見せてくれた時

永遠の愛を約束し、誓いのキスを交わした
愛に満ちた抱擁こそは幸福の絶頂だった


5
何より美しく、しかし頑固な者よ、私の苦悩を考えよ
希望は、癒やされない病のように、やがてより大きな絶望を呼ぶ
あなたが私を再び振り向くように、私は神の力を望む

私は女性の様に一途でいるので、あなたも男性の様に心変わりをしてはいけない


5つの節にはそれぞれキャラクターがあり、通して全体のドラマと修辞を作っている。どこが抜けてもこのバラッドは成立しない。
カッチーニのアリアやダウランドのリュートソングにも多くの節を持つ有節歌曲は多い。
これらも全ての歌詞を歌って初めて本来の姿が顕わになるのだ。




2015年1月25日


関西と関東の講習会終わる。

受講生は16人、
集まった楽器はルネサンスリュート、モダンリュート、ルネサンスギター、テオルボ、バロックギター、イングリッシュギター、19世紀ギター、モダンギターなど。
楽しい3日間だった。


僕がレッスンでいつも推奨するのは次の様なことだ。

*一次資料を典拠とすること:たとえポールトンのダウランド全集や新バッハ全集といえども編者による間違いがある。
ファクシミリを使用するのがベスト。また同時代の教本などにも目を通しておくこと。

*適正な楽器と弦を使うこと:ガット弦あるいはナイルガットはデフォルト、少なくともルネサンスリュートではダブルフレットを標準としたい。
弦高とテンションの低い弾きやすい楽器を使うこと。

*自然なストレスのない姿勢で弾くこと。足台の使用と足を組むのはなるべく避ける。

*親指内側奏法と親指外側奏法、どっちを取るかは個人の選択だが、すべてのバロック楽器と7コース以上のリュートでは外側を勧める。
いずれにしても、どちらの奏法で弾いているかは明確に意識して、曖昧にならないこと。

*特にバロック時代の作品では、まず和声的に曲を分析できていること。
ソロ曲でも旋律と通奏低音の形に書き直してみるのは有効。

*タブラチュアで弾いていても、その音名が聞こえていること。

*声楽曲(の伴奏)および声楽曲の編曲を弾く際、テンポ、形式、音程、対位法なども大事だが、
最重要なのは歌詞とその内容を把握していること。

*歌詞は「大意」ではなく、一つ一つの言葉をリアルタイムで理解できるのが理想。
つまりはその言語そのものを地道に勉強するのが結局は早道で、良い演奏のできるおそらくは唯一の方法である。

*以上のようなことがクリヤーできていたら、演奏自体は一人一人全く違っていて良い。
「ただ一つの正しい」演奏などは存在しないし、たとえあっても誰も知らないのだ・・・




2015年1月15日

引き続き、指頭奏法について。

時代はちょっと飛んで、フランシスコ・タレガの指頭奏法について考えてみる。
タレガが晩年、爪を切って大変な苦労をして指頭弾きに切り替えたことはギタリスト/ギター愛好家にはよく知られた話だ。

しかし、専門家の間ではこれはあまり信憑性がないというか、一種のrumour(噂、取り沙汰されること)として扱われている。
それは、タレガ自身が指頭での演奏について書き残して居らず、写真なども存在せず、いわば一時資料がないからだ。
ソルやアグアドが指頭奏法について自ら書き残しているのとは扱いが異なるわけだ。

タレガの指頭奏法についての情報は、プジョールの書いた「ターレガの生涯」によるところが大きい。
プジョールは、指頭は「広く、なめらかでしっかりしていて」「爪と違って、直接に感情を(弦に)伝えること」が出来ると書いている。
プジョールは自身の研究対象であったビウエリスタ、フェンリャーナの例を引いており、
その記述はタレガの奏法を自分寄りに論じようとしているようにも見える。
もとよりこの伝記にはアカデミックな正確さを期待すべきものではない。
(プジョールが「ターレガの生涯」の前書きで、偽書「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」に触れていることは象徴的だ)

より興味深く思われるものは、タレガの最後の弟子であったホセフィナ・ロブレドの述懐。
「私はタレガの最晩年にレッスンを受け、最終的な彼のテクニック(指頭奏法)を授かり、長い人生にてそれを広めました」

確かに彼女の演奏姿勢は、晩年のタレガの姿勢にそっくりだ。
彼女がタレガにレッスンを受けていたのは12歳までだが、非常に熱心に学んだ様子は伝わってくる。


幸いホセフィナは録音を残しており、いくつかはネットでも聞くことが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=ynB5OidE_xo
https://www.youtube.com/watch?v=f4CzrXRcDjk

大変まろやかな音色で、これ見よがしの速弾きもなく、確かに指頭奏法に聞こえる。ルバートも大変上品で説得力もある。
晩年のタレガの演奏もこのようなものであったのだろうか。



2015年1月12日

ギター誌より特集記事「指頭奏法」に関しての打診あり。何か書けるか思案中。

現代のギターは爪で弾かれるのが通常だが、タレガなど指頭奏法の巨匠も存在した。
19世紀前半の爪派のアグアドと指頭派のソルの間の対話?は興味深い・・・

さて、話は変わってしまうが、古楽器における爪と指頭奏法についてちょっと書いてみる。

現在ではリュート、テオルボ、バロックギターなどの古楽器の奏者の多くは指頭弾きだ。

1970年−80年代、ジュリアン・ブリームやコンラット・ラゴスニックなどギターと(モダン)リュート両刀使いの奏者は爪を使ってリュートを弾いていた。

それに対し、(いわゆる)歴史的奏法を用いるリュート奏者たちが「オーセンティックではない」として反発した経緯もあり、
一時期は「爪を使う」=「非歴史的」の構図があった。

しかし、爪の使用は多くの歴史的資料に見られる。

16世紀初頭、フランチェスコ・ダ・ミラーノが指にプレクトラムを装着してリュートを弾いていた記録がある。
フランチェスコの一世代前までリュートは羽軸のプレクトラムで弾かれており、指弾きは新しい技法だったわけだからこのことはむしろ納得がいく。
フランチェスコの曲集の表紙のリュート奏者の右手にはつけ爪とも見えるものが描かれている。


17世紀前半から爪の使用の確証は多く見られる。

ピッチニーニは1623年のリュート/キタローネ教本において、爪を使って弾くことをはっきりと書いている。
バロックギター奏者コルベッタが爪を傷つけて演奏をキャンセルしたことが書き残されている。
同じくギター奏者ペレグリーニの肖像、ギター/リュート奏者グラナータの肖像には右手に長い爪が描かれている。




トーマス・メイスは1676年「音楽の記念碑」中で「爪を使って最上の演奏をする奏者」に言及している。

18世紀に入り、ヴァイスはマテゾンへの手紙の中で「イタリアではアーチリュートとテオルボは爪で弾かれ、アンサンブルに効果的である」と書いている。

ダラ・カーサのアーチリュート曲集(1759)の肖像にも長い爪が見られる。


以上のようなことから、朧気ながら見えてくるのは:
バロック時代、特にイタリアではギター、リュート、テオルボは通常、爪で弾かれ、
ドイツ、フランスで盛んだった(いわゆる)バロックリュートは指頭で弾かれていた。

ギター、(アーチ)リュート、テオルボはアンサンブル楽器として重要であり、バロックリュートはソロが中心であったことも関係しているだろう。

ド・ヴィゼが積極的にリュートを弾いた記録がないのも、彼は爪を使うギター/テオルボ奏者だったからという説があり、これはこれで説得力がある。

爪を使ったと言っても、現代のギターのための爪の伸ばし方/奏法とは全く異なる様子だったと思う。
現代ギター奏法は重い楽器に張られたテンションの高い単弦を鳴らすために発達したものだ。
構造も弦もまるで異なる古楽器に適用するのはやはり無理がある。

現代の指頭奏法のリュート奏者が、常に気を使って指先を柔らかく保って弾奏するのも、歴史的にはリアリティがないように感じる。
「指先をお湯や水につけて弾くと良い音が出る」と言う意見も聞くが、ガットでそれを行うと弦がダメになってしまう。
柔らかすぎる指先ではガットはまとわりついてむしろ鳴らしにくい。

僕自身は指頭奏法だが、総ガット、低い弦高、ダブルフレットの楽器を弾き始めてから、指先に気を遣うことが少なくなった。
爪を神経質に短く切りそろえたり、指先にクリームを塗ったりすることもなくなった。
爪が多少伸びていても、特に気にならずに弾けるようになった。

上記のような歴史的セッティングの楽器では、弦に指を深くかける必要がなく、また音色には微かなバズ(buzz)が含まれるので、
指先の状態に楽器の鳴り方があまり左右されないのだ。自分的には納得!である・・・

歴史的には指頭奏法と爪奏法は、対立する「二大奏法」ではなく程度の問題だったように思う。

そして、20世紀後半の人たちが思い描いた「純粋で美しいリュートの音」のイメージの多くは、いわば幻想であったのだとも思う。



2015年1月10日

先日、ドイツのウーリッヒから大部の手稿譜コピーを受け取った。


Lord Danby Lute Book、アメリカの大学図書館にオリジナルはあるはずだ。

約140ページ、90曲以上が書かれている大部の手稿譜、
書かれたのは1700年前後、筆写者のダンビー卿はイギリス貴族のリュート愛好家。

この手稿譜に関してはロンドン大学ゴールドスミス・カレッジののティム・クロフォードが研究を発表している。

今日、時間をかけて一通り目を通した。
噂にはなるが現物にはお目にかからない、いわば幻の手稿譜だったので興味津々だ。

楽器は11コースリュート、作曲家にはロジー、ド・ヴィゼが目立つが作者不明の作品も多い。
編曲も多い。ヘンデル、コレッリ、リュリ、カンプラなどの作品が見られる。特にヘンデルの作品のリュート版は珍しい。

ヘンデルの序曲。おそらくは今では喪われたオペラの序曲が原曲らしい。

典型的なフレンチ・オーヴァーチュアで、後半は3拍子のフーガ。

書法や構成はバッハのリュート組曲BWV995のプレリュードを思わせる。
いや、バッハの作品がこの形式を模倣していると言うべきか。

このブーレにもヘンデルのHが書かれている。原曲は不明。


コレッリのジーグ。原曲は(勿論)ヴァイオリンソナタ。


ファリネリのサラバンド。ファリネリはあのヴァイオリン・ヴィルトーゾのファリネリか?


アルミードのパッサカリア。原曲はあのよく知られたリュリの長大な作品・・・かと思いきや、たった2ページしかない。


弾いてみて合点がいく。これは器楽合奏に続くコーラスの部分のリュート編曲版なのだ。カッコイイ!


ダンビー卿は「趣味の良い」リュート奏者として知られていたと言うが、選曲、編曲にも高いセンスが感じられる。
どの曲も弾きやすい上に音楽的に楽しめる。

この手稿譜にはいずれ本格的に取り組んでみたいものだ。


2015年1月5日


今年リリースされるCDの第1編集を聞き終わった。
浜松市楽器博物館の所蔵楽器を使った録音だ。

録音時の博物館の行き届いた配慮とコジマ録音の絶妙な手腕のおかげで、気になる箇所は殆どない・・・

通常はまとめられた録音をこちらが聞いてコメントし、会社側が再び編集、
その作業を3回ほど繰り返して最終版を作るのだが、今回はこの1回で済みそうだ。


特に今回の録音は即興演奏含め、事前に決めすぎずにかなり自由に弾いているので、
どのテイクを聞いても「まあ、これはこれで良いよねー」と思ってしまう。

CD音源の編集をする際に陥りがちなのは、自分の頭の中(だけ)にある理想の演奏を作り上げようとする・・・みたいなことだ。
テイク選びに凝るのは勿論、ちょっとした雑音やほとんど問題にならないミスまでをも耳ダンボにして探し、その箇所だけ差し替える作業をしたりする。

そのようにすると、完璧な?録音が出来上がるかというと実はそうではなく、結果はリアリティのない不自然でのっぺりした感じになってしまう。

今回は、最初から理想型を決めないで弾いているので「決定版」を探したり作り上げる、という感じではなくなっているのだろう。

できあがりが楽しみだ。



2015年1月4日

リュート/アーリーギター奏者をやっていると、アンサンブルに参加する機会は多い。
最近は減らしたが、しばらく前までは通奏低音をよく弾いていた。多くは(バロック)オーケストラとの共演、それから歌手の伴奏だ。

伴奏は簡単なようで難しい。しばしば「誰それさんはソリスト向きだ。伴奏はあまり上手くない・・・」みたいなことを聞いたりするが、あり得ないなーと思う。

逆に言うと、伴奏が出来ない人はソロも弾けないように感じる。

ソロはいわばアンサンブルの独奏パートと伴奏パートを両方引き受けているに等しい。
伴奏パートを上手くこなせないのに、両方出来るわけないように思うのだ。

歌の伴奏をする場合、音構造がよくわかっているのは当然として、
大切なのは歌詞をその背景も含めてよく理解していること、そして共演者とのコミュニケーションがとれることだ。

歌詞の理解というのは、「大体こんな意味・・・」程度ではほんとの意味ではダメで、
リアルタイムでその歌詞が聞け、意味はもちろん細かなニュアンスが理解できるということだ。
歌手が本番でいきなり違うニュアンスで歌っても、それに的確に伴奏付けできるということだ。
そういうことでは、たとえば英語ネイティブの伴奏者は英語の歌を上手に伴奏する。

そして真に上手な伴奏者はソリストのパートをこの上なく尊重する態度で演奏する。

最近、その意味で理想的な伴奏と感じられる演奏を聴いた。

ベンジャミン・ブリテンの伴奏するサリー・ガーデン。歌はもちろんブリテンのパートナーだったピーター・ピアーズ。
ブリテン自身の編曲で、楽譜はこんな感じ。


伴奏には八分音符が並んでいて、バスにしばしば旋律が現れるシンプルな書法だ。

通常?なら、伴奏者はこの8分音符の羅列を基本的にインテンポで弾き、
歌手はそれにのって微妙にルバートを効かせながら歌う場合が多いだろう。
しばしば音大などでも推奨されるやり方だ。

ここでブリテンとピアーズの演奏を聴いてみよう。いわば自作自演だ。
YOUTUBEにライブ録音がある。
https://www.youtube.com/watch?v=b9mkgqPZxkQ
サリーガーデンは27分50秒あたりから。

で・・・お聞きのようにまったくインテンポではない。歌も伴奏も。
この自由な歌とそれにぴったり寄り添うような伴奏はどうだ!
ソリストと伴奏者がお互いを生かしている。そして音楽そのものに奉仕している。

ダウランドのリュートソングやバロックの通奏低音付きの歌でも、このような態度で演奏したいものである。

余談だが、このサリーガーデンやアニーローリーなどのリュート伴奏を頼まれることがあるが、
これらはルネサンスやバロックの音楽ではない。せいぜい19世紀までしか遡れない曲なのだ。
ピアノかギターで弾く方がよっぽど良いように思う・・・



2015年1月2日


特に年始は関係なく仕事している。

今日の午前にはCDの第1編集版を通して聴き、チェックをする。
午後は19世紀ギターの調整と楽器の選択。

1月8日にロンドンのグレシャム・カレッジのレクチャーで演奏することになっている。詳細は↓
http://www.gresham.ac.uk/lectures-and-events/the-guitar-and-the-romantic-vision-of-the-medieval-world

ハープリュートを頼まれているのだが、講師のクリストファー・ペイジ教授から急遽連絡あり。
もう一人のギタリストのウーリッヒ・ヴィーダーマイヤーとギターのデュオも弾いて欲しいそうだ。

演目はケンブリッジの図書館で発見された手稿譜からの曲で、フランス語で書かれているがイギリス人の手になるものだそうだ。
時代は1830年頃。

ウーリッヒはル・ジェーヌのギターをを弾くそうfだ。1830年頃のミルクール製。ピッチは全音下げ(つまりA-390)あたりが希望。


と言うわけで、こちらも1830年頃のイギリスのギターを出してみる。
いろいろあるが、まずは状態の良いもの、そしてレクチャーでは調弦の時間もほとんどとれないので、機械式糸巻きの楽器を優先だ。
左から、チャペル、セレス、バルベ、そしてパノルモ。


パノルモは1837年製、扇状力木のギターらしく、低音が良くドライヴし、高音はそのしっかりした土台にのってよく歌ってくれる。


セレスは1840年頃だろうか。重量もそれなりにあり、重厚かつ絢爛な音色だ。


バルベは1830年頃だろう。指板が表面板上につけられていないタイプで、全体に軽く響かせやすいが、
鳴り方は立体的で低音には重量感がある。


こうしてみると、同じ時代、同じ地域のギターでも鳴り方は本当にいろいろだ。
時代や様式の特徴を抽出なんてことは簡単には出来ないことがよくわかる・・・そしてこれはギターに限ったことではない。




2014年12月31日

大晦日だが、とくに通常と変わりなく過ごしている。

この年末年始は、来年リリースされるCD音源のチェック(2枚分!)、ライナーノーツの執筆、
新年早々に出演するグレシャム・カレッジのレクチャーでの演奏の準備など、少し忙しい。

グレシャム・カレッジでは前回と同様にハープリュートを演奏することになっている。


この種の楽器は僕にとっても新しい分野なので、この機会にリサーチして手のうちに入れておきたい。
楽器も資料もそれなりに集まっている。

ここでハープリュートとその仲間についてまとめてみよう。

現代人の目からは奇妙に見える楽器だと思うが、僕のように18世紀のギター音楽に携わってきた人間には、
それらの楽器がどのように考案され、使われたかは大層わかりやすい。

(余談だが、古楽器を演奏、製作する場合、モダンからの視点で見るか、古い時代からの視点で見るかで結果には大きな違いが出るように思う。
たとえば19世紀ギターの場合、モダンギター関係者は小さくて張りが弱い、と感じるのに対して、バロックギター関係者は重くて張りが強い、と感じるみたいなものか。
もちろん古い時代からの視点で見る方が、当時の感覚に近いわけだ)

これら楽器の名称は、弦の数や仕様によってハープギター、ハープリュートギター、ハープリュート、ダイタル(ディタル)ハープなどと呼ばれる。

代表的な調弦は以下のようなものだ。(音高は相対的なもので、絶対音高ではない)


これらの楽器は、18世紀の後半にイギリスで流行したイングリッシュギターの子孫と言える。
イングリッシュギターは金属弦の6複弦を持っていた。調弦はA。

18世紀の終わり頃、イングリッシュギターにガットを単弦で張ることが試みられたらしい。
↓は単弦、ガット用に改修されたイングリッシュギター。調弦Bである。


そして、単弦のガット弦に特化した楽器が開発される。ハープギターである。
発明者はエドアルド・ライト。この種のハイブリッド楽器開発の立役者だ。


6コースから8コースを持つが、調弦はイングリッシュギターほぼそのまま踏襲している。調弦Cだ。
しばしば高いCを高音に付け加えられることがあったことは残された教本からもわかる。調弦Dである。


(ハープギター以外にも言えることだが)楽譜上の音高(ノミナル・ピッチ)は実際の調弦とは異なる。
僕の所有するハープギターには実音と思われる音高が書かれていて、興味深い。


ほぼ同じ頃に、イングリッシュギター型の胴体を持つ単弦楽器も製作されている。
多くは10コースを持ちリュートと呼ばれた。
下はやはり僕のコレクションにあるオリジナル教本(1802年)だが、イングリッシュギター、ハープギター、スパニッシュギターそしてリュートが取り上げられている。


この教本ではリュートはモダンリュートと呼ばれていて、調弦は以下の通り。


残されている楽器は多くはないが、↓などは典型的な例だろう。
すべて単弦の10弦仕様で、7本は指板上、3本は第2ヘッドにある。調弦Eである。


ハープギターにもテオルボ型が作られた。名称はハープリュートギター。
11コースを持ち調弦は第3コースから音階的に下がる。そして最低音にはハ長調のドミナントの低いG。調弦Fだ。


ハープリュートは高音にCを足し12弦、ヘッドをハープの仕様にしたもの。調弦G。.
この種のハイブリッド楽器の中で最も愛好された楽器だと思われる。


下は14弦のハープリュート。12弦のハープリュートに高音弦が2本足されている。
短い指板は高音の3本用。つまり指板上の調弦はオクターブ違いのドミソ/ドミソというわけだ。調弦H。
音域は拡大したが、二つの指板に渡って旋律を弾くのがトリッキーになったことも確かだ。
おそらくそのせいだろう、エドワルド・ライトはこの2段指板の楽器には関わっていない。


ハープリュートの形や音、演奏姿勢はハープに近いが、演奏テクニックは左手で押さえ右手で弾弦するというギター的なものだ。
しかし、エドアルド・ライトは左手も弾弦に使う楽器を考案する。これがダイタル(ディタル)・ハープだ。


このように並べてみると、この種の楽器が急速に発展、変化していったようにも見えるが、
必ずしもそうではなく、各種の楽器が同時期に存在しており、奏者の嗜好によって選ばれていたらしい。

当時の教本にもそういった記述は見られるし、僕自身いくつかのタイプを手元に置いて弾いていると、
どの楽器にも固有の魅力と美しさがあることがよくわかる、

ハープリュートの仲間はボディが丸く整形されており、文字通りリュートとハープのハイブリッドだ。
比較的太いガットを張った開放弦を多く使うため、音の立ち上がりはくっきりとしていて、なるほどハープに近い。


弾いていてやみつきになるほど愉しい楽器だ。
この楽器が短期間(30年ほど?)ではあるが、大流行したのも頷ける話だ。

来年は浜松の楽器博物館にあるハープリュートもヴィデオ録音など手がけることになっている。
楽しみだ。



2014年12月18日

先週出演したグレシャム・カレッジのレクチャーの様子がネットにアップされている。
http://www.gresham.ac.uk/lectures-and-events/the-guitar-the-steamship-and-the-picnic-england-on-the-move

クリストファー・ページ教授による約50分のレクチャーだ。僕のハープリュートの演奏は約14分頃から。
古いギター音楽に関心のある人には、大変ためになるお話だと思うので、どうぞ全編聞いてもらいたい。
ウーリッヒ・ヴィーダーマイヤーによるパノルモの演奏もある。




2014年12月16日

少し久しぶりに日本語の原稿を書いている。

浜松市楽器博物館から刊行される楽器カタログの解説。
僕はギターとシターン(イングリッシュギター)が担当だ。

浜松市楽器博物館のギターとイングリッシュギターのコレクションは素晴らしい。

ウィーンのシュタードラーのギター(キタッラ・バテンテに改造されている)は17世紀を代表する美しいラウンドバックの楽器だし、
無銘のフレンチのギターはヴォボアン〜ドルプランクに連なる名器だ。
この楽器ではCDレコーディングを行ったが、その音の美しさは筆舌に尽くしがたいほどだった・・・
バロックギターに真摯に興味を持つ人は、日本にあるこの2台を見るだけでも目から鱗が落ちるだろう。

イングリッシュギターのコレクションも大変良い。イングリッシュギターの開発者ヒンツのギターを初めとして、
プレストン、ロングマン、大型のペリー、そして鍵盤つきのギターも2台ある。

こういう楽器を世に紹介する仕事に関わることができるのは嬉しい。
「日本語の原稿」と書いたが英語版も作るそうで、そちらの仕事も引き受けた。


刊行が楽しみだ。

浜松楽器博物館ではCDのリリースに伴って、来年の5月にコンサートとワークショップを行うことになっている。
こちらも楽しみだ。



2014年12月12日

ケンブリッジ大学で行われたリュート・イヴェントに行く。


ケンブリッジが所蔵するリュート手稿譜が、リュート協会の協力によりデジタル化されたのを記念する会だ。
これらの手稿譜は16−17世紀のリュート文献として最重要なものだ。かのマシュー・ホームズ手稿譜なども含まれている。


今回のデジタル化は、専門家の研究や演奏にも十分に耐えるように高い解像度で行われている。

会場には手稿譜の現物も展示されていた。


リュート協会秘書、大学図書館の司書、音楽学者などのレクチャーの後、
ジェイコブ・リンドバーグにより手稿譜から数曲が演奏された。

その後、皆で歓談。


楽しく、また記念すべきひとときだった。


2014年12月11日

ロンドンのグレシャム・カレッジのレクチャーに出演する。


会場のステンドグラスが美しい。


クリストファー・ページ教授による一連の講座「19世紀英国におけるギター」の一つだ。

詳細は以下の通り。
http://www.gresham.ac.uk/lectures-and-events/the-guitar-the-steamship-and-the-picnic-england-on-the-move

ウーリッヒ・ビーダーマイヤーと僕が演奏を担当。


ウーリはパノルモのオリジナル19世紀ギター、僕はエドワルド・ライトの考案したハープリュートでハイドンの作品を弾いた。
ハープリュートは18世紀末から19世紀にかけて、英国の上流階級を席巻したハイブリッド楽器だ。一時はスパニッシュギターを大きく凌ぐ人気を誇っていた。


クリス教授はハープリュートが大変気にいったらしく、次回(1月8日)にも演奏を依頼された。
もちろん喜んで引き受ける。何を弾こうかな?


2014年12月10日

ケンブリッジで開かれたギター/リュートのコンフェランスに参加。
デイヴィッド・ルビオ(ホセ・ルビオ)と親交のあったケンブリッジ大学教授が主宰している会だ。

会場にはルビオの手になるヴァイオリン、ギター、リュートが並んでいる。


僕はルビオ工房作の8コースリュートと自分のハープリュートを演奏した。


ルビオはブリームが使用していたようなモダンリュートと、歴史的な構造のリュートどちらも手掛けているが、
工房作の楽器にはどちらともつかぬ中間的なものがある。今回のリュートはそういった楽器だったが、音色はなかなか美しく、評判も良かったようだ。


2014年12月9日

今年、亡くなられたリュート製作家スティーヴン・ゴットリーブ氏のメモリアル・コンサートに行く。
マイケル・ロウと並んで歴史的リュート復元・製作のパイオニアだった人だ。


ゴットリーブ氏の作品を手に世界中から十数人のリュート奏者が集まった。日本のつのだたかし氏の顔も見える。

所用で遅れていったが、後半のいくつかの演奏を聞くことが出来た。
いずれも素晴らしかったが、中でもジェイク・ヘリンマンの演奏には感銘を受けた。
楽器は(もちろん)ゴットリーブ氏製作の6コース。
弦長71センチの大きなリュートだが、16世紀にはむしろ普通であったサイズだ。

素晴らしいコンサートであった。


終演後にリュート製作家マイケル・ロウと会って話す。リュートの材質、ことに1600年ころに愛好されたユウ(イチイ)のことが話題になった。
ユウの中でも心材と辺材がダイナミックなコントラストを持つシェイデド・ユウについて、やはり音響特性は独特であろうと彼は言う。



興味深いのは、シェイデドユウを使う場合、現代の多くのメーカーは心材と辺材を均等に綺麗に並べようとするが、
16,17世紀の作品はそうではなく不均等、また心材を広く使う傾向が明らかにあるそうだ。


ユウの心材は辺材に比べてもともと広いということもあるかもしれない。


が、それよりも、比重が高い心材を多めにとることで得られる音響特性が考慮されていたのではと思う。
現代人は、ともすれば「均等、均一」みたいなことを自動的に目指してしまうが、
それは昔の美学とは大きく異なる場合が多いのだ。

手元にユウの胴体を持つルネサンスリュートが2台ある。
ひとつはユウの心材だけ、もう一つはシェイデド・ユウ、マイケルの言うように心材が多く使われている。


このスペックがよく似た2台も、その弾き心地や音は大きく違う。
楽器の材質に関しても、まだまだ研究されるべきことは多そうだ・・・




2014年12月7日


嬉しいニュースを聞く。

今年の前半に「ド・ヴィゼーのニ短調組曲:奏法解説とモダンギター用編曲」を現代ギター誌に連載した。
それなりに詳細にバロック時代の演奏習慣、楽器の語法なども書いた。

その記事と編曲にヒントを得て、ギタリスト小川和孝さんが見事なド・ヴィゼーをリサイタルで演奏なさったらしい。



歴史的なことに敬意を払いながら、ご自分の楽器でご自分の音楽をなさっている。
脱帽である。



2014年12月5日

いろいろと移動の多い時期だが、ロンドンや出先で博物館や個人の楽器コレクションを訪ねるのは大変楽しみで、また勉強になる。
このところ続けていろんなコレクションを見ている。

ドルメッチ・コレクションのあるホーニマン博物館は自宅からも近く、ことあるごとに立ち寄っている。
下はドルメッチが修復したヴェネーレのリュートの胴体。見事なシェイデド・ユウだ。


ここホーニマンでは来年にアーリー・ギターのコンサートを行う予定だ。

同じくロンドンのシェイクスピアのグローブ座の楽器展示。


ヘイコック監修の7コース、モデルはやはりヴェネーレだ。シェイクスピア時代の最も典型的リュートと言える。


オクスフォードのアシュモレアン博物館のギターコレクション。


美しいマテオ・セラスのラウンドバック・ギター。胴体は黒檀にインレイが施されている。


このギターはバテンテに改造されているし、弦長もおそらくは変更されているが、やはり良く保存されている楽器には違いない。
アショモレアン博物館は所蔵楽器の詳細な報告書を出版している。400ページ近い大部のものだ。


博物館や個人コレクションでは実際に演奏できる場合もある。
下は(故)クリストファー・ホグウッド所有のカークマン作チェンバロ。僕が以前CD「アフェットーソ」でも使用した楽器だ。


改めて弾いてみると、やはりつくづく良い楽器だ・・・

各地で様々な楽器に触れていると、まだまだ自分の知らないこと、これまでに気がつかなかったことなど多いことがわかる。
これからもできるだけ沢山の経験をしたいものだ。



2014年11月25日

リュートのセットアップをする。

明日から始まるセッションのためだ。相手はフルートのナンシ・ハッデンとガンバ/リローネのエリンヘッドリー。
レパートリーは17世紀前半からバッハあたりにまで渡る広いもので、僕はリュートとバロックギターを使う。いくつか本番の後、来年にはレコーディング。

リュートは理想的にはルネサンス10コースとバロック11コースがあれば良いのだが、楽器を3本携えてツアーに赴くのは現実的ではない。
なので、先日のヤコブ・リンドバーグに倣って(というわけでもないが)、ツアー向きのオ−ル・パーポーズ・リュートとでも言える楽器を目してみた。

楽器は弦長64センチの11コース。もともとは10コースとして作られた楽器を改造したものだ。
バロック調弦になっていたのをルネサンス (a-392)調弦を施した。第1、第2コースともにシングル。フレットはダブルだ。
弦は高音ー中域がナイルガット、第7コースにはローデッド・ナイルガット、低音はカーボンのKF弦だ。
第10コースはCで、第11コースはとりあえず低いGに調弦することとする。
通奏低音では低いAやGは有益だし、またバッハのBWV995の組曲を弾くには低いGが必要だ。
短い弦長で低いGを張るには巻き弦を使うことにして、シルク芯の巻き弦を張ってみる。

スタイルとしては、17世紀の中頃にあったかもしれない・・・リュートだろうか。


弾いてみるとなかなか良い感じだ。しばらくこの仕様のリュートを試してみよう。



2014年11月21日


コンサートに出演。ガンバ、リコーダー、チェロ、打楽器、僕はアーチリュートとバロックギター。


今回新しい試みとして、ガンバ、チェロ、リュートの即興セッションを行ったが、
なかなか楽しい。

 


2014年11月20日


英国東南部エセックスで開かれたヤコブ・リンドベルイ(ジェイコブ・リンドバーグ)のリュート・コンサートに行く。

プログラムはこんな感じ↓


ダウランドからバッハまでの幅広いプログラム。

ほんの数メートルの距離で聴くリュートのライブはやはり圧巻だった!


使用楽器はマイケル・ロウの12コース、2012年の新作と言って良い楽器だ。
ジェイコブとは終演後にいろいろと話をしたが、このリュートを現在良く使っているそうだ。

裏がシェイデド・ユウのマルチリブ。非常に美しいリュートだ。


この12コースは17世紀にイギリスとオランダで用いられた「フレンチ」リュートをモデルにしているが、
今回のコンサートではルネサンス調弦、バッハのBWV995の組曲のために第12コースは低いGに調弦されていた。
弦は高音はナイルガット、中音域はカーボン、低音は銅巻。第1、第2コースともにシングル。

ある意味でオール・パーポーズ・リュートとも言えるし、人によっては批判する向きもあるかもしれないが、
僕自身はこういう選択も大いにありだな、と思う。

そういったことが経験値の高くないリュート奏者によって行われた場合、説得力は持ちえないが、
ジェイコブはいまや世界で最もアクティヴでキャリアの長い名奏者だ。
ダウランドとバッハの全集を完成させ、レコーディングではガット弦を積極的に使っている。
また彼が所有するオリジナル・リュートでも美しい演奏を聴かせてくれる。
彼の演奏家としての選択には、他人が文句をつける余地などないように感じるのだ。

いずれにしても大変素晴らしいコンサートだった。



2014年11月15日

リュート協会のミーティング。

今回の呼び物はなんと言ってもリュート・ダイフォーン(リュート・ダフネ)と呼ばれるダブル・リュートのお披露目。
トーマス・メイスの「音楽の記念碑」(ロンドン、1676年出版)に詳細な記述と図像が載せられている楽器で、(フレンチ)リュートと(イングリッシュ)テオルボとの融合だ。
メイスはこの楽器を複数製作して、実際に使用していたそうだ。 


現存する楽器は発見されていないが、ごく最近イタリアの研究家と製作家が共同で復元した。
今回はその再現に関するレクチャーとお披露目だ。

実際の楽器はなかなか迫力がある。


メイス自身が書いていることだが、構えも特に問題なく、演奏姿勢も通常のリュートと変わらない。


そしてリュート協会の秘書により、製作に関してのレクチャー原稿が読み上げられた。


ただ、その復元方法や音に説得力があったかというと・・・
残念ながらそうは感じられなかった。

メイスはこの楽器について
「大きな表面板から得られる音の大きさ、同じピッチに調弦されたテオルボとリュートの弦の共鳴の豊かさ、
表面板はブリッジの真ん中で分割されている・・・」その他、構造と音に関する詳細な記述を残している。


しかし、今回のコピー?は表面板は分割されておらず、またリュートとテオルボのピッチも異なっていた。
裏板は2.3-2.7ミリという通常のリュートの倍近い厚さで作られていた。
弦はすべてナイルガットでかなり高いテンションで張られていて、音量はあまりなく、響きも少ない
検分した感じでは表面板はかなり薄そうだ・・・(リュートの表面板を必要以上に薄くすることは、初心者が往々にしておかす間違いだ)

張りの強さと表面板を検分するリュート製作家クラウス・ヤコブセン

製作者は楽器をも手がける家具職人ということで、これまでにも変わった楽器をいくつか製作しているという。
古楽器の製作修行の経験があるわけではなく、意欲と木工技術でチャレンジしている感じだろうか・・・

・・・意地悪な見方をあえてすると、特に古い楽器や音楽に興味を持っているわけでないコワいもの知らずの職人さんが、
木工の技術で珍しい楽器を再現してみた・・・みたいなことかもしれない。

それは一般の人々を驚かせることはできても、そこには多くの間違い、齟齬があり、わかる人にはすぐにわかってしまう。
英国リュート協会会員の教養豊かな紳士淑女たちが、暖かな拍手を送りながらも、一種白々とした空気になったのも無理はない。
彼らにとってリュートとその音楽、それを取り巻く文化はとても大切なものだし、
トーマス・メイスはイギリス・リュート音楽の貴重な資料だ。それを中途半端に話題性第一で扱われるのは歓迎できないだろう。

古楽や古楽器に本格的に関わるのは、そう簡単ではないのかもしれない。



2014年11月13日


ロンドンの古楽展示会に行く。

会場はグリニッジの旧海軍大学跡。経度0度。


毎年楽しみにしている催しではあるし、今年も管楽器や楽譜などには見るべきものもあった。


しかし、弦楽器や鍵盤楽器、アンティーク古楽器に興味深いものは年々少なくなっていく。
研究熱心な製作家やオーダーを抱えている人気のある工房は、こういう展示会に出品する必要もなく、
かかる時間や費用が惜しいということだろう。

今回は僕は楽器ケースを買っただけだっただが、興味深く思ったものを紹介しておく。

ニコラス・バルドックのガット弦。
現在もっとも性能が高いといわれるガットで、総ガットが張られた7コース・リュートがデモ用に展示されていた。


ロジャー・ローズのルネサンス・ガンバ。
現在、ルネサンス・ガンバというと往々にして17世紀のタイプがそう呼ばれたりしているが、
この楽器は1500年の図像その他に範を得たオーセンティックなもの。
魂柱はなく総ガットで張られている。ロジャーはこのモデルでコンソート・セットを製作中だ。


・・・この展示会は、イギリスのアーリー・ミュージック・ショップがトリニティ音楽院の協賛を得て行われているもので、
内容が商業的、宣伝的であることはやむをえないだろう。

しかし、1980-90年代に感じられた純粋な古楽復興へのエネルギーはもはや見当たらず、
古楽関係者の多くがコマーシャリズムに走っているように感じられるのは残念だ・・・



2014年11月9日

CD発売記念のパーティに行く。
今年の前半に参加したレコーディングだ。フルート奏者ナンシー・ハッデンの指揮するコーラス・グループ「プサルテ」の二つ目の録音。


僕はリュートとバロックギターを使い、数曲のリュートソングなどの伴奏を行っているほか、
それぞれの楽器でソロ、ナンシーのルネサンスフルートとのデュオ、ガンバのエリン・ヘッドリーとのデュオも弾いている。


ソロでは、バロックギターでロマネスカの即興演奏、7コースリュートで自分でアレンジした「愛の灯」(ボード・リュートブック)を弾いた。
できあがりもなかなか良く、満足である。

ナンシーとエリンとは来年、ロウピッチの楽器で17世紀のフランス音楽を録音する予定がある。楽しみだ。





2014年11月8日

10月にサマータイムが終わり、イギリスは急に暗く寒くなる。
まあこの時期は、ハロウィーン、ガイ・フォークス、ハーフタームの休暇と子供たちの喜ぶ(ただしオカルトな)時期でもある。

駅前にオープンしたケーキ屋のウインドウ。


可愛い!
・・・が・・・、
この時期にちなんで、
こんなのや↓


こんなのも・・・↓


コワすぎる・・・

ハロウィーンと言えば、ロンドンで出演したハロウィーンのライブ・ヴィデオ。


カラビアンと古楽器のセッション!(ハロウィーン特別企画だから許してね・・・)
https://www.youtube.com/watch?v=_xl0DPR6qFM



2014年11月7日

新しいリュートを入手する。

ヴェネーレのモデルの7コース。
このタイプはもう数本手元にあるのだが、今回の楽器はボディがシェイデッド・ユウ。
色がダイナミックに異なる心材と辺材を持つイチイで出来ている。

この材料は17世紀のイタリアで非常に好まれたが、現在ではほぼ入手不能と言われる貴重なものだ。
この材質のリュートをずっと欲しかったのでとても嬉しい。

オリジナルのリュートやバロックギターには様々な材料が用いられている。
勿論無節操に使われていたわけではなくて、時代や地域により好まれた材料は大きく異なる。


17世紀に愛好されたシェイデッド・ユウは18世紀の楽器にはほぼ皆無(17世紀の楽器がバロックリュートなどに改造された例はあるが)だし、
弦楽器に広く用いられているメープルやシカモアなど楓材は、17世紀のバロックギターにはほぼ全く使われていない。
(例外はストラディヴァリのフラットバックのギターだが、これらはヴァイオリン製作者によるギターでまあ例外と言える)

ユウはその弾力豊かな性質の為か、その音色と弾き心地は独特だ。音色には力強さとレガートさが同居している。
その中でもシェイデッド・ユウに関して、リュート製作家マイケル・ロウは
「心材と辺材では比重や弾力が異なるため、楽器はより複雑な反応をする」というが、
今回のリュートからも確かにそれは感じられる。

17世紀のラウンド・バックのバロックギターの大多数は黒檀やローズウッド、象牙などの比重の高い材料で作られている。
ペアーやメープルで作られた楽器はほぼ皆無だが、ユウだけは例外でいくつかの楽器が現存している。
エジンバラ大学にあるセラスのギターはシェイデッドユウだ。


この楽器は数年前に博物館で検分、弾いてみたことがあるが、
やはりシェイデッド・ユウ特有の含蓄のある響きであった。


昨今はシェイデッド・ユウに限らず象牙、ハカランダ、キングウッド、スネークウッドなどの材料を使うのが難しくなってきているが、
当時の美学は材質の使い方にも明らかに現れている。
コピー製作者や演奏者が代替品を求めるのはやむ得ないが、費用や手間に拘らずに本来の材料を真摯に追求するのも重要だと思う。



2014年11月6日

このところコンサートなどで忙しい。

ロンドンでハロウィーンのコンサートで弾き、
ブライトンの古楽祭に出演し、マンチェスターの大ホールのライブで弾いた。


で、昨日はガイ・フォークス・・・
400年ほど前にエリザベス女王を暗殺しようとした人物が火あぶりにされたのを記念する?日で、
方々の公園で火がたかれ、花火が上げられる。
花火は僕のフラットからもよく見える。


冬の花火はそれでそれで風情があるが、まあなかなかブラックな風習だ・・・




2014年10月28日

ラジオに出演。
2年ほど前にも出たルネサンスFMだ。

今回はダブルフレット/ガット弦のリュートとイングリッシュギターを演奏した。


放送はネットでも聴ける(ここをクリック!




2014年10月24日

ナイジェル・ノースのリュート・リサイタルを聴く。


16世紀のレパートリーのプログラムで、これまで17世紀以降の音楽を主に弾いてきたナイジェルとしては新境地と言える。

期待に違わず説得力のある演奏だった。奏法は完全なサム・インサイド。

楽器はマルコム・プライヤー作の6コース。
弦はガットとナイルガットで巻き弦は1本も使われていない。

楽器のモデルはティーフェンブルッカーだろうか。ピッチは440近辺に聞こえる。
指板が表面板に食い込んでいるリュートで、僕も同様の6コースを1本持っている。

このデザインは16世紀初頭のリュートにしばしば見られる。


終演後にナイジェルと話も出来て満足である。
ナイジェルは15年ほど前からアメリカ在住となっているが、僕は彼のイギリス時代の最後の弟子の一人だ。

帰宅して彼の新譜、フランチェスコ・ダ・ミラノの録音を繰り返し聴く。

つくづくリュート音楽とは豊かで美しいものだと改めて想う・・・

これからもフランチェスコとヴァイスのレコーディングが続けてリリースされるそうだ。
楽しみである。

ナイジェル・ノースのフランチェスコのライブ演奏へのリンク
http://www.youtube.com/watch?v=r-c7c6rmvA8




2014年10月23日

ルイスの古楽器工房を訪ねる。

目下、この工房では僕の所有する二台の17世紀のオリジナル楽器、
ミランのバロックギター(1633)とティールケのリュート(1682)の修復が進んでいる。


どちらも歴史的に非常に貴重なだけでなく、後世の心ない改造から免れている希有な楽器だ。
演奏活動に使用出来るように修復する方針だ。とても楽しみだ。

たまたま工房ではヴォボアンのバロックギター・コピーが完成されたばかりだった。

早速試奏する。弾きやすく、リッチで暖かな音だ。

顧客の要望により装飾の少ない仕様だが、ローズは手が込んでいる。


フランスのヴォボアンのギターが、イタリアンのギター製作から大きな影響を受けていることは案外知られていない・・・・
材料の使い方や内部構造など、瓜二つと言えるポイントが多いのだ。

横板に黒檀、裏板にユウやシープレスを使うことはヴォボアン派の専売特許のように言われたりするが、
それはイタリアのギター製作を模倣したものだし、それ以前、16世紀のスペインのヴィウエラ関係の資料に同様の記述があったりもする。


オリジナル楽器を詳細に検分することで、ヴォボアンのコピー製作にも大いに参考になったと喜んでもらえて、嬉しい。



2014年10月20日

ロンドンのウォーレス・コレクションを訪ねる。

ケンウッドハウスと同じく18世紀の館、現在では博物館となっている。
調度品、武具でも有名だが、なんといっても17−18世紀の絵画のコレクションがすごい。
何度も訪れているが、今回いくつか新たな発見があった。

この絵はボイリーの「愛の嘆き」。1800年頃の作品だ。


左手にはギターが描かれている。


一見通常の19世紀ギターだが、ヘッドをよく見ると5単弦だ。

ペグはヘッドの先の真ん中に1本、下側の両脇に2本ずつ、計5つ。

5単弦ギターは18世紀の後半からフランス、イギリス、イタリアそしてドイツでも用いられている。
しばしば教則本にも言及されてもいるが、残されている図像や楽器はそう多くはない。

もう一枚、同時代の作品「死んだ鼠」


右端にギターが描かれている。


ペグは6つあるようだが、弦の数は判然としない。あるいはこちらも5単弦かもしれない。


最後に、フェルメールと同時代の「ギターを弾く少女」。


やはりヴォボアン系のギターだ。

ブリッジ近くの弾弦、左手をテーブルに載せた構えなど、
当時の教本に勧めに即した模範的な姿勢と言える。


2014年10月17日

ケンウッド・ハウスを訪ねる
ロンドン北部の丘陵地帯ハムステッド・ヒースにある18世紀ジョージアンの貴族のお屋敷で、
現在は美術館/博物館になっている。白亜の宮殿の名がふさわしい。


美しい音楽室がある。


僕にとって興味深いのはフェルメールの絵画「ギターを弾く少女」だ。

この絵はジェイムズ・タイラー著、オクスフォードから出版された「ジ・アーリーギター:歴史とハンドブック」の表紙になっていた。

日本の学生時代にむさぼるように読んだ本だ。

この絵の楽器は明らかにヴォボアン系のフレンチ・バロックギターだ。


表面板と指板には象牙と黒檀の模様、ロゼッタは金泥塗り。下はオリジナルのヴォボアン。


興味深いのは左手の構え方で、手の平でネックを支え親指はネックの上に乗っている。


現代の奏者にはあまり見られない手の形だ。
クラシックギター奏者がそうであるように、現代の古楽器奏者も親指はネックの裏の下側に位置させるのが一般的だ。

しかし、この構え方は腕と手首を内側に捻っているため、身体にかかる負担は大きい。
しばしば故障の原因にもなるという。

手の平でネックを支え、親指をネックに乗せる構え方を実際にやってみると、
押弦が楽で手首や腕の位置も実に自然であることがわかる。

クラシックギター的構え方がいわば「臨戦態勢」であるのに対し、
こちらの構えは平常心で演奏することができる。

このフェルメールの絵に限らず、多くの絵画にこの構え方は見られる


難点があるとすれば指の拡張が難しいことだが、拡張が必要な際には親指の位置を変えれば良いのだ。
僕らは往々にして「ただ一つの正しい方法」を考えがちだが、19世紀までの人たちはフレキシブルで、
場合に応じてもっとも快適な方法を採っていたと考えられる。

この構え方に関して、親指で低音弦を押さえることがしばしば言及されるが、
それはいわば副産物で、左手をリラックスさせることが主眼であったように思う。

このことに限らず、現代の古楽器演奏における多くのことが、まだまだモダン楽器演奏の影響下にある。
例えば、足台を使うこと、いつも決まった音高に楽器を調律すること、音量を求めること、暗譜演奏を良しとすること、
いつも同じように演奏出来るように練習すること・・・などもそうだろう。



2014年10月10日

ロンドンのグレシャム・カレッジのレクチャーを聴きに行く。

グレシャム・カレッジは16世紀に開講されたパブリック・ユニバーシティ。
音楽科教授は長らくクリストファー・ホグウッドが務めていたが、つい最近クリストファー・ペイジに替わった。

クリス・ペイジとは数年前からケンブリッジのアーリーギター学会を通じて親交がある。
今回はクリスの記念すべき最初のレクチャーだ。
それも「ロマンティック・ギター」と題された19世紀前半のイギリスのギター・シーンがお題だ。
聴きにいかぬわけにはいかない。


ゲストにオランダの学者/ギタリスト、イェルマとソプラノ、ヴァレリーを迎え、生演奏も披露された。
一般向けで非常にわかりやすく、しかも深みのあるトークだった。演奏もつくづく美しい。


終演後に皆でお食事。楽しいひとときであった。

イェルマの楽器は無銘のフレンチ、おそらくミルクールで1820年頃に作られたものだろう。
薄いフィンガーボード、ペグ調弦の典型的なフレンチだ。

装飾の少ない地味な作りだが、イェルマは「私の持っているギターの中で最も実用的なよく働く子(workhorse)よ!」
と言っていた。

弦長は65センチ近いが、弦幅が狭めで弦高が低いので左手の押弦も快適だ。
長い弦長は低音の音の出方を有利にするので響きも格別だ。

しばしば短い弦長の楽器は弾きやすいと言われるが、これは全くの誤解だ。
長目の弦長による豊かな響きはかえって両手をリラックスさせてくれるし、
総弦長の1,2センチの違いなど、一つのフレットについてはほんの僅かな差異でしかない。

いつかリュートについても書いたが、弾きやすさに拘って短い弦長の楽器を探す人をしばしば見かけるが、大抵の場合見当違いだ。
弦幅や弦高をチェック、良く調整する方が遥かに効果的なのだ。



2014年10月4日

ロンドンでファミリー向けのコンサート。
バンドはコンサーティニーズ、チェロ、笛、ガンバ、打楽器と踊りのクロスオーバー・バンドだ。


僕のバッハのリュートソロはモダンダンスと共演。可愛らしくも子供が飛び入りしてくる。



2014年10月2日

イギリス中東部イプスイッチで音楽祭に出演。

共演バンドはラ・セレナッシマ、ヴィヴァルディを専門とする団体だ。
七つほどのヴィヴァルディのコンチェルトを演奏する。

こういうレパートリーの場合、テオルボもしくはアーチリュート、そしてギターを使う場合が多いが、
今回はギターだけで演奏してみる。

ギターはプンテアードとラスゲアードを使い分けるとヴァラエティ豊かな演奏が可能で、調弦も楽だ。
楽しく演奏する。



2014年9月15日

スイスのヴィンターツールで演奏会。
歴史を感じさせる美しい街だ。
 

会場はタウンホール。非常に響きが良く楽しんで演奏する。


街の小さな美術館のウインドウで興味深い絵を発見。


17世紀の絵画だが、描かれたリュートには明らかにダブルフレットが巻かれている。



2014年8月30日

大津のびわ湖ホールで関西講習会。
今回はリュートばかり、ゲストにリコーダー。


リュートは全てダブルフレット、ガット弦。

関西講習会にはオーセンティックなアプローチを採る人が集まる。


2014年8月29日

相模湖でCDレコーディング。
パーセルの歌曲が主で、ギターとリュートのソロも録音する。
 

リュートはガット弦、ダブルフレットの8コース。出来上がりが楽しみだ。



2014年8月26日

明日から始まるCDレコーディングのリハーサル。

編成はソプラノ、ガンバ、それに僕のリュートとバロックギター。
ガンバはオリジナルのティールケ6弦。名器である。
僕はマーシャルのオリジナル5コースギターと8コースリュート。


先日のハクジュのイヴェントでもあったが、「どうしてコピーではなくオリジナルを使うのか?」
としばしば聞かれる。

こちらの答えは単純明快で「オリジナルの方が出来が良い。勉強にもなる」というものだ。

17,18世紀に良い製作家によって作られたオリジナル楽器は、例えば同時代の画家、カラヴァッジョ、レンブラント、
フェルメールやワトーなどの手による絵画作品にも比べられるものだと思う。
そう簡単にコピー出来るわけがない・・・
彼らは現代では考えられないほどの長い修行期間を経て専門家となった人たちだ。

また彼らの材料や技法が解明できたとしても、そこにある芸術性や実用性はまた別物である。
現代の製作家は、やはりそれなりの覚悟と熱意を持って修行と研究を行って欲しいと思う。


2014年8月25日

ハクジュのコンサートで使用したカスタネットに関して、何人かの方たちから質問を受けた。
あれはパリの骨董楽器商から入手したもので、18世紀にフランスで作られたオリジナル・カスタネットである。
現代のものよりも小ぶりで材質は象牙。子音豊かにクリアーに鳴る。
やはり古楽器には古楽器が合うのだ。

左から:19世紀の木製カスタネット、18世紀の象牙カスタネット、現代の合成樹脂カスタネット


2014年8月24日

ハクジュのギターフェステが終了!
初日にリサイタルを行い、続く2日間は古楽器(リュートとバロックギター)の解説とデモンストレーション、
聴衆による体験コーナーなどを行った。
楽しい3日間だった。





2014年8月22日

ハクジュギターフェスティヴァルに出演。
僕は第1部でバロックギターを演奏した。
プログラムは以下の通り
第1部「王宮のギター バロック」
コルベッタ:シャコンヌ
ド・ヴィゼ:組曲ニ短調
クープラン:ロンド「修道女モニカ」
「スペインのフォリア」による即興演奏
伝承曲:コントルダンス「レ・マンシュ・ヴェルト」(グリーンスリーヴス)
J.S.バッハ:「ロンド風ガヴォット」(BWV1006)

ド・ヴィゼ、フォリアそしてコントルダンスはダンスと共演。
弾いていてもとても楽しい演奏会だった。


第2部は荘村清志氏と福田進一氏の演奏。
特にタンスマンと三善晃の作品が印象に残る。
今更ながらモダンギターの良さを再認識した。



2014年8月20日

日本に来ている。

今日は東京のHakujuホールでのリハーサル。
ホール主催のギターフェスティヴァルの一環、8月22日のリサイタルの為だ。
今回はフレンチ・バロックばかり、コルベッタ、ド・ヴィゼ、クープランなどを演奏する。


ゲストにはダンサーたち。ド・ヴィゼの組曲やコントルダンスなどを踊ってもらう。


Hakujuホールの音響は素晴らしく、弾いていて楽しい。

本番が楽しみだ。


2014年8月3日


フェントンハウスに行く。

ロンドン北部ハムステッドの高台にある17世紀のお屋敷で、現在は博物館になっている。
ベランダからの景色が美しい。


歴史的鍵盤楽器のコレクションが有名だ。
リュートも数台あり、素晴らしいウンベルドーベンの作品がある。
もともとルネサンスだが18世紀にジャーマンバロックに改修されている。


↓はアヤシイ楽器。19世紀に作られたフェイクだ。

この種のリュートは世界各地の博物館(日本含む)に多く見られる。


2014年7月27日

ウォレス・コレクションに行く。
ロンドンの繁華街ボンド・ストリートから徒歩10分ほど、驚くほど静かなスクエアにある美術館だ。


ここにはこれまでも何度も足を運んでいるが、今回も新しい発見があった。
16世紀中庸のイタリアの絵だ。フライ/マーラー系の美しい6コースリュートが描かれている。


弦もはっきりと見える。第1コースシングル、その他はダブルだ。

第6コースは現代通常行われているのとは逆に、低音側に高いオクターブ、高音側に低いオクターブが張られている。
是非試してみよう。

音楽とは関係ないが、今回特に気に入った絵。
ジョシュア・レイノルズのジェーン・バウレス嬢の肖像。

とても愛らしい女の子がスパニエルの子犬を抱きしめている。
全身で愛情を表現しているようだ。
で・・・子犬はあまりにも強く抱きしめられているので、むしろ迷惑そうにも見える(良くあることだ・・・笑)



2014年7月25日

↓のように調整した楽器を弾いていると興味深いことがいくつも分かってくる。

その一つは音高の聞こえ方がまるで異なることだ。
最初は(慣れない間は)、調弦するのが難しく感じられる。
多くの倍音が聞こえ、ここぞ!というポイントがなかなか絞り込めない。
やっと合った!と思っても、またすぐに微妙にずれて感じられたりもする。

しかし、曲を弾き始めるとそんな不安はすぐに解消する。
和音は美しく響き、旋律は個性豊かに流れる。
全体が包容力のある響きとなり、逆に少々調弦がずれても問題にならない・・・

不思議な現象だが、おそらくは:
低い張力のために楽器はより自由に振動し、また低い弦高のため弦はフレットに微かに触れて微かなサワリのある音色となり、
複雑な倍音構成になり全体に音程の許容幅が広がっているのだろうと思う。
また巻き弦を一切使っていないので、いわゆるブーミングな音が出ていないことも大きいだろう。

こうなると現代の電子チューナーなどは役に立たない・・・チューナーは複雑な倍音を聞くことはなく、
単に電子的に強い基音を拾っているだけなのだ。

撥弦楽器だけでなく、オリジナルのトラヴェルソの場合でも
チューナーの針と実際の聞こえ方との齟齬は日常的に経験することだ。

リュートやギターの歴史的資料に、いわゆる古典調律の勧めがほぼ皆無なのも納得がいく。



2014年7月24日

世の中は騒然としているが、それでも僕はギターに弦を張り、リュートを弾く。
音楽だけは、誰にも強制も懇願もされないで、この僕が自ら行っていることだ。
何があろうともやめることはない。

来年、低いピッチでのレコーディングが予定されているので、このところ楽器の調整などにかかっている。
できればこの夏に弦やアクション、奏法の目処をつけてしまいたい。

低いピッチというのはいわゆるヴェルサイユピッチ、A=392あたりのこと。
まあ実際にヴェルサイユで392ちょうど!が用いられていたわけでは無論なく、
380ー405あたりの幅はあったろう。
そもそも電子チューナーなどなく、音叉も普及していなかった時代のことだ。
ガット弦は湿度によってすぐに上下するし、管楽器も温度によってピッチは変わる。
古楽器においては絶対的なピッチを云々すること自体がいわばナンセンスなのだ・・・

使用するのは11/10コースリュートとバロックギターだが、それぞれ数台ずつの候補がある。
いろいろ試しながら絞り込んでいくうちに、下の画像の2台が残った。


11コースはクリス・エガートン作、弦長66センチ。80年代に作られたリュート。
誠実に作られてはいたが、ご多分に漏れず、高めの弦高(7フレット付近で3ミリ強)、
ナットまわりの弦幅も広すぎた(0フレットの指板幅80ミリ)。
なので製作者に依頼して、指板を交換、ネックも削り、弦高は2ミリ以下に、指板幅は76ミリにまで狭めた。
これでほぼオリジナル通りだ。ダブルフレットを巻き総ガット弦を張ってある。
結果、非常に弾きやすく、反応の良いリュートとなってくれた。
太いキャットラインの低音弦から発せられるサワリが心地よい。
ダブルフレットの大きな特徴として、弦高を非常に低くしてもビリ付きなどの雑音が気にならなくなることが挙げられる。
以前、僕はダブルフレットはビリ付いた音色を出す為だと思っていたが、
今では低い弦高による演奏性の向上(つまり弾きやすくなる)も大変重要だと考えている。

バロックギターはヴォボアン派のオリジナル。18世紀中庸のパリのギター。
ほぼ100パーセントオリジナルのコンデションで多くのことを教えてくれる。
特徴として、右手周りの弦高(弦と表面板の距離)が非常に小さいことが挙げられる。
ちなみにロゼッタ右側の弦高は4ミリもないくらいだ。ブリッジそばでも5ミリほど。
これは経年変化ではなく、表面板と内部の力木、側板がもともとそのように整形されているのは修復時に確認済みだ。
こちらも総ガット、フレットはシングルだ。
この楽器はもともとA=415あたりを想定した弦を張ってあったが、弦をそのままで半音ほど下げてみると、
非常に良く響く上に弾きやすい。

どちらの楽器もその敏感さと低い弦高のため、強く弾くと音は壊れてしまう。
ほんの小さな指の動きでも楽器は充分に鳴ってくれる。
音楽するのに身構える必要は全く無く、鼻歌を歌うように自由に音を紡いでいくことが出来る。

タッチはなるべく浅く、ブリッジ近くの弾弦が効を奏する。子音豊かなクリヤーな音色だ。


同じような右手の位置と奏法は17−18世紀の絵画に見られる。最もスタンダードなものだ。


ギターの場合はネックとボディのジョイントで弾いている図像も多いが、これはラスゲアードの位置。 


ワトーはこの二つの奏法と弾弦位置を描き分けている。




2014年7月23日

マレーシア航空機撃墜、イスラエルのガザ攻撃など悲惨なニュースが毎日届く。
イギリスに住んでいるとこういうニュースは全く人ごとではない。
イスラエル建国と維持にはイギリスが大きな役割を持つし、ウクライナ情勢もいわば西側とロシア側の利権がらみの対立だ。

湾岸戦争、イラク戦争の際にも思ったが、イギリス人の中は精神構造的にシンプルで、
こういった複雑な情勢にも勧善懲悪の論理をもって疑わない人も多い。

先日、ロンドンの教会でレコーディング・セッションを行った。
共演者はユダヤ人のガンバ奏者。イスラエルから10年ほど前にロンドンに移り住んできた。
彼女は、イスラエルのガザ攻撃にそれはそれは心を痛めていて、話していても気の毒になるほど。
「私は自分の出身を誇ることが出来ない、そしてそれは大変つらいことだ」と言う。

彼女がイスラエル出身であることを知った教会のワーデンが、慰めるつもりかしたり顔に言う。
「でもね!旧約聖書にはイスラエルはユダヤ(人)に神が与えた約束の地だとはっきり書いてあるんだよ!」

・・・こいつはガザでは何百人という子供たちが爆撃で亡くなったり怪我をしていることを何とも思わないのだろうか?
戦争は軍人や政府ではなく、こういったシンプルな善人がおこしているのかもしれない。



2014年7月17日

ロンドンのダイワ・ジャパンハウスでコンサート
パーセル時代のイギリス音楽を主に演奏する。使用楽器はアーチリュートとバロックギター

ここでは毎年コンサートを行っているが、いつ弾いても聴衆の質やノリも良く大変結構だ。




2014年7月11日

ロンドンの古楽祭に出演。
ヴィヴァルディの声楽曲が中心だが、ソロでは「ラ・フォリア」の即興演奏とバッハの作品をいくつか弾いた。
テオルボとアーチリュートどちらを使用するか少し迷ったが、やはり18世紀のコンティヌオにはアーチリュートが向いている。

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